mettacetovimutti
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| - | ^mettācetovimutti^ | ||
| - | ^慈心解脱^ | ||
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| - | !noBorder! | ||
| - | mettā:[[metta|慈しみ]] + cetovimutti:[[cetovimutti|心解脱]] => | ||
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| - | [[cetovimutti|心解脱]]のひとつであり、[[sn42.8]]に詳しく説かれています。経典の内容からみると**慈心の解放**が適切な訳語かも知れません。\\ | ||
| - | \\ | ||
| - | 「村長よ、彼はそのように[[abhijjhā|羨望]]を離れ、[[vyāpāda|悪意]]を離れ、[[moha|迷妄]]なく、[[sampajāna|正知]]の、[[paṭissata|向念]]するその[[ariyasāvaka|聖弟子]]として、[[metta|慈しみ]]ある[[citta|心]]により一方向にゆきわたらせ住する。そのように第二(方向)に、そのように第二(方向)に、そのように第三(方向)に、そのように第四(方向)に。\\ | ||
| - | かくして上・下・横に、あらゆる方向に、あまねく全[[loka|世界]]に、広大・[[appamāṇa|無量]]の大いなる、[[vera|怨み]]なく[[vyāpāda|悪意]]なき、[[metta|慈しみ]]ある[[citta|心]]により、ゆきわたらせて住する。村長よ、まるで[[bala|力]]あるほら貝吹きが、楽々と四方に(鳴らして)知らせるように。まさに村長よ、[[mettācetovimutti|慈心解脱]]がこのように[[bhāvanā|修養]]され、このように[[bahulīkaroti|多修]]されるならば、量られる[[kamma|業]]というもの、そのときそれは残らず、そのときそれは後に残らない。」\\ | ||
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| - | 類語 | ||
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mettacetovimutti.1709412717.txt.gz · 最終更新: by h1roemon
