mn10_2
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| それぞれの[[satta|生類]]の、それぞれの種別における[[jarā|老い]]、[[jīraṇatā|老衰]]、歯の欠け、白髪、しわが寄ること、[[āyu|余命]]の減少、[[indriya|諸根]]の[[paripaccati|過熟]]。比丘たちよ、これが[[jarā|老]]と呼ばれる。\\ | それぞれの[[satta|生類]]の、それぞれの種別における[[jarā|老い]]、[[jīraṇatā|老衰]]、歯の欠け、白髪、しわが寄ること、[[āyu|余命]]の減少、[[indriya|諸根]]の[[paripaccati|過熟]]。比丘たちよ、これが[[jarā|老]]と呼ばれる。\\ | ||
| それでは比丘たちよ、[[maraṇa|死]]とは何か?\\ | それでは比丘たちよ、[[maraṇa|死]]とは何か?\\ | ||
| - | それぞれの[[satta|生類]]の、それぞれの種別における死去、[[cavati|死没]]、[[bheda|崩壊]]、消失、[[maccu|死王]]、[[maraṇa|死]]、[[kālamkaroti|最期]]、[[khandha|諸蘊]]の[[bheda|崩壊]]、[[kaḷevara|死体]]の[[nikkhepa|投棄]]、[[jīvita|命]][[indriya|根]]の破壊。比丘たちよ、これが[[maraṇa|死]]と呼ばれる。\\ | + | それぞれの[[satta|生類]]の、それぞれの種別における死去、[[cavati|死没]]、[[bheda|崩壊]]、消失、[[maccu|死王]]、[[maraṇa|死]]、[[kālamkaroti|最期]]、[[khandha|諸蘊]]の[[bheda|崩壊]]、[[kaḷevara|死体]]の[[nikkhepa|投棄]]、[[jīvitindriya|命根]]の破壊。比丘たちよ、これが[[maraṇa|死]]と呼ばれる。\\ |
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| それでは比丘たちよ、[[soka|悲]]とは何か?\\ | それでは比丘たちよ、[[soka|悲]]とは何か?\\ | ||
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| それでは比丘たちよ、[[dukkha|苦]]とは何か?\\ | それでは比丘たちよ、[[dukkha|苦]]とは何か?\\ | ||
| - | 比丘たちよ、[[kāyika|身の]][[dukkha|苦]]、[[kāyika|身の]]不快、[[kāya|身]][[samphassaja|触所生]]の[[dukkha|苦]]と不快の[[vedanā|受]]、比丘たちよ、これが[[dukkha|苦]]と呼ばれる。\\ | + | 比丘たちよ、[[kāyika|身の]][[dukkha|苦]]、[[kāyika|身の]]不快、[[kāya|身]][[samphassaja|触発]]の[[dukkha|苦]]と不快の[[vedanā|受]]、比丘たちよ、これが[[dukkha|苦]]と呼ばれる。\\ |
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| - | それでは比丘たちよ、[[domanassa|憂]]([[domanassa|心苦]])とは何か?\\ | + | それでは比丘たちよ、[[domanassa|憂]]([[domanassa|憂]])とは何か?\\ |
| - | 比丘たちよ、[[citta|心]]の[[dukkha|苦]]、[[citta|心]]の不快、[[mano|意]][[samphassaja|触所生]]の[[dukkha|苦]]と不快の[[vedanā|受]]、比丘たちよ、これが[[domanassa|憂]]([[domanassa|心苦]])と呼ばれる。\\ | + | 比丘たちよ、[[citta|心]]の[[dukkha|苦]]、[[citta|心]]の不快、[[mano|意]][[samphassaja|触発]]の[[dukkha|苦]]と不快の[[vedanā|受]]、比丘たちよ、これが[[domanassa|憂]]([[domanassa|憂]])と呼ばれる。\\ |
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| それでは比丘たちよ、[[upāyāsa|悩]]とは何か?\\ | それでは比丘たちよ、[[upāyāsa|悩]]とは何か?\\ | ||
| 行 147: | 行 147: | ||
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| それでは比丘たちよ、[[piyehi vippayogo dukkho|愛別離苦]]([[piya|愛し]]い者たちからの離別の[[dukkha|苦]])とは何か?\\ | それでは比丘たちよ、[[piyehi vippayogo dukkho|愛別離苦]]([[piya|愛し]]い者たちからの離別の[[dukkha|苦]])とは何か?\\ | ||
| - | ここに、その者には好ましい所愛の[[manāpa|好き]]な[[rūpa|色]]、[[sadda|声]]、[[gandha|香]]、[[rasa|味]]、[[phoṭṭhabba|接触]]、[[dhamma|法]]ある者たち。あるいはその者の[[attha|利益]]を欲し、ためになろうとし、安らぎを欲し、[[yogakkhema|瑜伽安穏]]を欲する母、父、兄弟、姉妹、友人、仲間、親族、血縁者たち。彼らと会うことなく、集会なく、共に置かれず、交わらないこと。これが[[piyehi vippayogo dukkho|愛別離苦]]と呼ばれる。\\ | + | ここに、その者には好ましい所愛の[[manāpa|好き]]な[[rūpa|色]]、[[sadda|声]]、[[gandha|香]]、[[rasa|味]]、[[phoṭṭhabba|接触]]、[[dhamma|法]]ある者たち。あるいはその者の[[attha|利益]]を欲し、ためになろうとし、安らぎを欲し、[[yogakkhema|瑜伽安穏]]を欲する母、父、兄弟、姉妹、友人、身近な者、親族、血縁者たち。彼らと会うことなく、集会なく、共に置かれず、交わらないこと。これが[[piyehi vippayogo dukkho|愛別離苦]]と呼ばれる。\\ |
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| それでは比丘たちよ、[[yampicchaṃ na labhati tampi dukkhaṃ|求不得苦]](求めてもそれを得られない[[dukkha|苦]])とは何か?\\ | それでは比丘たちよ、[[yampicchaṃ na labhati tampi dukkhaṃ|求不得苦]](求めてもそれを得られない[[dukkha|苦]])とは何か?\\ | ||
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| [[mano|意]][[phassa|触]]は[[loka|世間]]での[[piyarūpa|愛しきもの]]、[[sātarūpa|快いもの]]である。この[[taṇhā|渇愛]]は[[uppajjati|生じる]]ならそこで生じ、[[nivisati|留まる]]ならそこで[[nivisati|留まる]]。\\ | [[mano|意]][[phassa|触]]は[[loka|世間]]での[[piyarūpa|愛しきもの]]、[[sātarūpa|快いもの]]である。この[[taṇhā|渇愛]]は[[uppajjati|生じる]]ならそこで生じ、[[nivisati|留まる]]ならそこで[[nivisati|留まる]]。\\ | ||
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| - | [[cakkhu|眼]][[samphassaja|触所生]][[vedanā|受]]は[[loka|世間]]での愛しきもの、快いものである。この渇愛は生じるならそこで生じ、留まるならそこで留まる。\\ | + | [[cakkhu|眼]][[samphassaja|触発]][[vedanā|受]]は[[loka|世間]]での愛しきもの、快いものである。この渇愛は生じるならそこで生じ、留まるならそこで留まる。\\ |
| - | [[sota|耳]][[samphassaja|触所生]][[vedanā|受]]は[[loka|世間]]での愛しきもの、快いものである。この渇愛は生じるならそこで生じ、留まるならそこで留まる。\\ | + | [[sota|耳]][[samphassaja|触発]][[vedanā|受]]は[[loka|世間]]での愛しきもの、快いものである。この渇愛は生じるならそこで生じ、留まるならそこで留まる。\\ |
| - | [[ghāna|鼻]][[samphassaja|触所生]][[vedanā|受]]は[[loka|世間]]での愛しきもの、快いものである。この渇愛は生じるならそこで生じ、留まるならそこで留まる。\\ | + | [[ghāna|鼻]][[samphassaja|触発]][[vedanā|受]]は[[loka|世間]]での愛しきもの、快いものである。この渇愛は生じるならそこで生じ、留まるならそこで留まる。\\ |
| - | [[jivha|舌]][[samphassaja|触所生]][[vedanā|受]]は[[loka|世間]]での愛しきもの、快いものである。この渇愛は生じるならそこで生じ、留まるならそこで留まる。\\ | + | [[jivha|舌]][[samphassaja|触発]][[vedanā|受]]は[[loka|世間]]での愛しきもの、快いものである。この渇愛は生じるならそこで生じ、留まるならそこで留まる。\\ |
| - | [[kāya|身]][[samphassaja|触所生]][[vedanā|受]]は[[loka|世間]]での愛しきもの、快いものである。この渇愛は生じるならそこで生じ、留まるならそこで留まる。\\ | + | [[kāya|身]][[samphassaja|触発]][[vedanā|受]]は[[loka|世間]]での愛しきもの、快いものである。この渇愛は生じるならそこで生じ、留まるならそこで留まる。\\ |
| - | [[mano|意]][[samphassaja|触所生]][[vedanā|受]]は[[loka|世間]]での[[piyarūpa|愛しきもの]]、[[sātarūpa|快いもの]]である。この[[taṇhā|渇愛]]は[[uppajjati|生じる]]ならそこで生じ、[[nivisati|留まる]]ならそこで[[nivisati|留まる]]。\\ | + | [[mano|意]][[samphassaja|触発]][[vedanā|受]]は[[loka|世間]]での[[piyarūpa|愛しきもの]]、[[sātarūpa|快いもの]]である。この[[taṇhā|渇愛]]は[[uppajjati|生じる]]ならそこで生じ、[[nivisati|留まる]]ならそこで[[nivisati|留まる]]。\\ |
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| [[rūpa|色]][[saññā|想]]は[[loka|世間]]での愛しきもの、快いものである。この渇愛は生じるならそこで生じ、留まるならそこで留まる。\\ | [[rūpa|色]][[saññā|想]]は[[loka|世間]]での愛しきもの、快いものである。この渇愛は生じるならそこで生じ、留まるならそこで留まる。\\ | ||
mn10_2.1762308992.txt.gz · 最終更新: by h1roemon
