mn18_1
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| 私はこのように聞いた。\\ | 私はこのように聞いた。\\ | ||
| ある時、世尊は釈迦族がいるカピラヴァットゥのニグローダ樹園に住されていた。\\ | ある時、世尊は釈迦族がいるカピラヴァットゥのニグローダ樹園に住されていた。\\ | ||
| - | さて世尊は、午前中に内衣を着て、鉢と外衣を持ってカピラヴァットゥに[[piṇḍa|托鉢]]に入られた。\\ | + | さて世尊は、午前に着衣して、鉢と衣を持ってカピラヴァットゥに[[piṇḍa|托鉢]]に入られた。\\ |
| カピラヴァットゥで[[piṇḍa|托鉢]]をなして食後に[[piṇḍapāta|鉢食]]から退くと、[[divāvihāra|昼住]]のため大林に近づかれた。\\ | カピラヴァットゥで[[piṇḍa|托鉢]]をなして食後に[[piṇḍapāta|鉢食]]から退くと、[[divāvihāra|昼住]]のため大林に近づかれた。\\ | ||
| 大林に分け入るとベールヴァの若木の[[mūla|根元]]で[[divāvihāra|昼住]]に坐られた。\\ | 大林に分け入るとベールヴァの若木の[[mūla|根元]]で[[divāvihāra|昼住]]に坐られた。\\ | ||
| 行 25: | 行 25: | ||
| 近づくと用意された座処に座った。\\ | 近づくと用意された座処に座った。\\ | ||
| 座ってから、世尊は比丘たちに呼びかけられた、\\ | 座ってから、世尊は比丘たちに呼びかけられた、\\ | ||
| - | 「比丘たちよ、ここに私は午前中に内衣を着て、鉢と外衣を持ってカピラヴァットゥへ[[piṇḍa|托鉢]]に入った。\\ | + | 「比丘たちよ、ここに私は午前に着衣して、鉢と衣を持ってカピラヴァットゥへ[[piṇḍa|托鉢]]に入った。\\ |
| カピラヴァットゥで[[piṇḍa|托鉢]]をなして食後に[[piṇḍapāta|鉢食]]から退くと、[[divāvihāra|昼住]]のため大林に近づいた。\\ | カピラヴァットゥで[[piṇḍa|托鉢]]をなして食後に[[piṇḍapāta|鉢食]]から退くと、[[divāvihāra|昼住]]のため大林に近づいた。\\ | ||
| 大林に分け入るとベールヴァの若木の[[mūla|根元]]で[[divāvihāra|昼住]]に座った。\\ | 大林に分け入るとベールヴァの若木の[[mūla|根元]]で[[divāvihāra|昼住]]に座った。\\ | ||
| 行 91: | 行 91: | ||
| そのように尊者たちは、師の[[parimukha|面前]]にあるこの好機に、その世尊を通り過ぎて、この[[attha|意義]]が私に質問されるべきと[[cetanā|思]]っている。\\ | そのように尊者たちは、師の[[parimukha|面前]]にあるこの好機に、その世尊を通り過ぎて、この[[attha|意義]]が私に質問されるべきと[[cetanā|思]]っている。\\ | ||
| なぜなら友よ、かの世尊は知る者として知られ、見る者として見られ、\\ | なぜなら友よ、かの世尊は知る者として知られ、見る者として見られ、\\ | ||
| - | [[cakkhu|眼]]となり、[[ñāṇa|智]]となり、[[dhamma|法]]となり、[[brahmā|梵]]となり、説者、([[dhammacakku|法輪]])転起者、[[attha|利益]]に導く方、[[amata|不死]]を与える方、[[dhamma|法]]の主人、[[tathāgata|如来]]である。\\ | + | [[cakkhu|眼]]となり、[[ñāṇa|智]]となり、[[dhamma|法]]となり、[[brahmā|梵]]となり、説者、([[dhammacakka|法輪]])転起者、[[attha|利益]]に導く方、[[amata|不死]]を与える方、[[dhamma|法]]の主人、[[tathāgata|如来]]である。\\ |
| そしてその(好機)こそ、世尊にこの[[attha|意義]]を[[paṭipucchā|問い返]]すべきその時であったのに。\\ | そしてその(好機)こそ、世尊にこの[[attha|意義]]を[[paṭipucchā|問い返]]すべきその時であったのに。\\ | ||
| 世尊があなたたちに[[byākata|解答]]されるように、そのようにそれを[[dhāreti|保持]]できただろう」と。\\ | 世尊があなたたちに[[byākata|解答]]されるように、そのようにそれを[[dhāreti|保持]]できただろう」と。\\ | ||
| 「たしかに友カッチャーナよ、かの世尊は知る者として知られ、見る者として見られ、\\ | 「たしかに友カッチャーナよ、かの世尊は知る者として知られ、見る者として見られ、\\ | ||
| - | [[cakkhu|眼]]となり、[[ñāṇa|智]]となり、[[dhamma|法]]となり、[[brahmā|梵]]となり、説者、([[dhammacakku|法輪]])転起者、[[attha|利益]]に導く方、[[amata|不死]]を与える方、[[dhamma|法]]の主人、[[tathāgata|如来]]である。\\ | + | [[cakkhu|眼]]となり、[[ñāṇa|智]]となり、[[dhamma|法]]となり、[[brahmā|梵]]となり、説者、([[dhammacakka|法輪]])転起者、[[attha|利益]]に導く方、[[amata|不死]]を与える方、[[dhamma|法]]の主人、[[tathāgata|如来]]である。\\ |
| そしてその(好機)こそ、我々が世尊にこの[[attha|意義]]を[[paṭipucchā|問い返]]す、その時であった。\\ | そしてその(好機)こそ、我々が世尊にこの[[attha|意義]]を[[paṭipucchā|問い返]]す、その時であった。\\ | ||
| 世尊が我々に[[byākata|解答]]されるように、そのように[[dhāreti|保持]]できたでしょう。\\ | 世尊が我々に[[byākata|解答]]されるように、そのように[[dhāreti|保持]]できたでしょう。\\ | ||
mn18_1.1769990122.txt.gz · 最終更新: by h1roemon
