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行 7: 行 7:
  さてその時、元鷹匠のアリッタという比丘にこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が生じていた、\\  さてその時、元鷹匠のアリッタという比丘にこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が生じていた、\\
 \\ \\
-『私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』と。\\+『私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって示された[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』と。\\
  多くの比丘たちは聞いた、\\  多くの比丘たちは聞いた、\\
 「元鷹匠のアリッタという比丘にこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が[[uppajjati|生じた]]そうだ。\\ 「元鷹匠のアリッタという比丘にこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が[[uppajjati|生じた]]そうだ。\\
-『私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』と。(([[mn12_1]][[tathāgata|如来]]の四無所畏(3)も参照して下さい。))\\+『私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって示された[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』と。(([[mn12_1]][[tathāgata|如来]]の四無所畏(3)も参照して下さい。))\\
  さてその比丘たちは、元鷹匠のアリッタ比丘に近づいた。\\  さてその比丘たちは、元鷹匠のアリッタ比丘に近づいた。\\
 \\ \\
  元鷹匠のアリッタ比丘に近づくとこう言った。\\  元鷹匠のアリッタ比丘に近づくとこう言った。\\
 「友アリッタよ、あなたにこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が[[uppajjati|生じた]]そうだが[[sacca|本当]]だろうか?\\ 「友アリッタよ、あなたにこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が[[uppajjati|生じた]]そうだが[[sacca|本当]]だろうか?\\
-『私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』と。\\ +『私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって示された[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』と。\\ 
-「友よ、まさにこのように、私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない」と。\\+「友よ、まさにこのように、私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって示された[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない」と。\\
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  そこでかの比丘たちも元鷹匠のアリッタ比丘を、この[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]から[[viveka|遠離]]させようと[[kāma|欲し]]、審問し、問い詰め、こんこんと語った。\\  そこでかの比丘たちも元鷹匠のアリッタ比丘を、この[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]から[[viveka|遠離]]させようと[[kāma|欲し]]、審問し、問い詰め、こんこんと語った。\\
行 36: 行 36:
  このように元鷹匠のアリッタ比丘は、かの比丘たちに審問され、問い詰められ、こんこんと語られても、その[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]を執拗な[[parāmasati|執取]]ゆえに、[[abhinivesa|執持]]して表明した。\\  このように元鷹匠のアリッタ比丘は、かの比丘たちに審問され、問い詰められ、こんこんと語られても、その[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]を執拗な[[parāmasati|執取]]ゆえに、[[abhinivesa|執持]]して表明した。\\
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-「友よ、まさにこのように、私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない」と。\\+「友よ、まさにこのように、私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって示された[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない」と。\\
  かの比丘たちは元鷹匠のアリッタ比丘をこの[[pāpa|悪]][[diṭṭhi|見]]から[[viveka|遠離]]させることができなかったため、そこでかの比丘たちは世尊のもとに近づいた。\\  かの比丘たちは元鷹匠のアリッタ比丘をこの[[pāpa|悪]][[diṭṭhi|見]]から[[viveka|遠離]]させることができなかったため、そこでかの比丘たちは世尊のもとに近づいた。\\
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行 42: 行 42:
  一隅に座ったその比丘たちは、世尊にこう言った。\\  一隅に座ったその比丘たちは、世尊にこう言った。\\
 「元鷹匠のアリッタという比丘にこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が生じました。\\ 「元鷹匠のアリッタという比丘にこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が生じました。\\
-『私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』と。\\+『私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって示された[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』と。\\
  尊者よ、我々は聞いたのです、\\  尊者よ、我々は聞いたのです、\\
 『元鷹匠のアリッタという比丘にこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が[[uppajjati|生じた]]そうだ。\\ 『元鷹匠のアリッタという比丘にこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が[[uppajjati|生じた]]そうだ。\\
- ”私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない”』と。\\+ ”私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって示された[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない”』と。\\
  尊者よ、さて我々は元鷹匠のアリッタ比丘に近づきました。\\  尊者よ、さて我々は元鷹匠のアリッタ比丘に近づきました。\\
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  元鷹匠のアリッタ比丘に近づくとこう言いました。\\  元鷹匠のアリッタ比丘に近づくとこう言いました。\\
 『友アリッタよ、あなたにこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が[[uppajjati|生じた]]そうだが[[sacca|本当]]だろうか?\\ 『友アリッタよ、あなたにこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が[[uppajjati|生じた]]そうだが[[sacca|本当]]だろうか?\\
- ”私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない”と。\\+ ”私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって示された[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない”と。\\
  尊者よ、このように言われた元鷹匠のアリッタ比丘は、我々にこう言いました。\\  尊者よ、このように言われた元鷹匠のアリッタ比丘は、我々にこう言いました。\\
-「友よ、まさにこのように、私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない」と。\\+「友よ、まさにこのように、私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって示された[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない」と。\\
  そこで尊者よ、我々も元鷹匠のアリッタ比丘を、この[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]から[[viveka|遠離]]させようと[[kāma|欲し]]、審問し、問い詰め、こんこんと語りました。\\  そこで尊者よ、我々も元鷹匠のアリッタ比丘を、この[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]から[[viveka|遠離]]させようと[[kāma|欲し]]、審問し、問い詰め、こんこんと語りました。\\
 \\ \\
行 63: 行 63:
  [[kāma|諸欲]]は蛇の頭のごとく[[dukkha|苦]]多く、[[upāyāsa|悩み]]多い。そこにはより多くの[[ādīnava|危難]]があると、世尊により説かれた』と。\\  [[kāma|諸欲]]は蛇の頭のごとく[[dukkha|苦]]多く、[[upāyāsa|悩み]]多い。そこにはより多くの[[ādīnava|危難]]があると、世尊により説かれた』と。\\
  尊者よ、このように元鷹匠のアリッタ比丘は、我々に審問され、問い詰められ、こんこんと語られても、その[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]を執拗な[[parāmasati|執取]]ゆえに、[[abhinivesa|執持]]して表明しました。\\  尊者よ、このように元鷹匠のアリッタ比丘は、我々に審問され、問い詰められ、こんこんと語られても、その[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]を執拗な[[parāmasati|執取]]ゆえに、[[abhinivesa|執持]]して表明しました。\\
-『友よ、まさにこのように、私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』と。\\+『友よ、まさにこのように、私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって示された[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』と。\\
  尊者よ、我々は元鷹匠のアリッタ比丘をこの[[pāpa|悪]][[diṭṭhi|見]]から[[viveka|遠離]]させることができなかったため、そこで我々はこの[[attha|意義]]を世尊にお伝えするのです」と。\\  尊者よ、我々は元鷹匠のアリッタ比丘をこの[[pāpa|悪]][[diṭṭhi|見]]から[[viveka|遠離]]させることができなかったため、そこで我々はこの[[attha|意義]]を世尊にお伝えするのです」と。\\
  そこで世尊は、とある比丘に呼びかけられた。\\  そこで世尊は、とある比丘に呼びかけられた。\\
行 73: 行 73:
 「そのように、友よ」と、元鷹匠のアリッタ比丘は、その比丘に応えて世尊のもとに近づいた。\\ 「そのように、友よ」と、元鷹匠のアリッタ比丘は、その比丘に応えて世尊のもとに近づいた。\\
  近づくと世尊に[[abhivādeti|礼拝]]して一隅に座った。\\  近づくと世尊に[[abhivādeti|礼拝]]して一隅に座った。\\
- 一隅に座った元鷹匠のアリッタ比丘に、世尊はこうおっしゃった。\\+ 一隅に座った元鷹匠のアリッタ比丘に、世尊はこう言われた。\\
 \\ \\
 「アリッタよ、君にこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が[[uppajjati|生じた]]そうだが[[sacca|本当]]だろうか、\\ 「アリッタよ、君にこのような[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]が[[uppajjati|生じた]]そうだが[[sacca|本当]]だろうか、\\
-『私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』」と。\\+『私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]する。世尊によって示された[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』」と。\\
 「尊者よ、まさにこのように、私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]します。\\ 「尊者よ、まさにこのように、私は世尊により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]します。\\
-『世尊によって説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』というように」と。\\+『世尊によって示された[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]、それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』というように」と。\\
 「愚か者よ、君は何のために私により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]するのか?\\ 「愚か者よ、君は何のために私により説かれた[[dhamma|法]]をこのように[[pajānāti|了知]]するのか?\\
  愚か者よ、さまざまな[[pariyāya|理]]をもって、[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]は[[antarāya|障害]]であり、\\  愚か者よ、さまざまな[[pariyāya|理]]をもって、[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]は[[antarāya|障害]]であり、\\
行 99: 行 99:
 「どうして(そのような)ことがあるでしょうか、尊者よ。\\ 「どうして(そのような)ことがあるでしょうか、尊者よ。\\
  そうではありません、尊者よ」と。\\  そうではありません、尊者よ」と。\\
- このように説かれて、元鷹匠のアリッタ比丘は、[[tuṇhībhāva|沈黙]]しながら当惑し落胆して俯いて落ち込み応答できずに座った。\\ + このように説かれて、元鷹匠のアリッタ比丘は、[[tuṇhībhāva|沈黙]]しながら当惑し落胆して俯いて落ち込み[[paṭibhāna|応答]]できずに座った。\\ 
- さて世尊は、元鷹匠のアリッタ比丘が[[tuṇhībhāva|沈黙]]しながら当惑し落胆して俯いて落ち込み応答できないと知って、元鷹匠のアリッタ比丘にこうおっしゃった。\\+ さて世尊は、元鷹匠のアリッタ比丘が[[tuṇhībhāva|沈黙]]しながら当惑し落胆して俯いて落ち込み[[paṭibhāna|応答]]できないと知って、元鷹匠のアリッタ比丘にこう言われた。\\
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 「愚か者よ、この自らの[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]により君は[[paññāyati|知ら]]れるだろう。\\ 「愚か者よ、この自らの[[pāpa|悪]][[diṭṭhigata|見解]]により君は[[paññāyati|知ら]]れるだろう。\\
行 272: 行 272:
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