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  [[sukha|楽]]の[[pahāna|断]]により、[[dukkha|苦]]の[[pahāna|断]]により、これまでの[[somanassa|嬉]]・[[domanassa|憂]]のまさに[[atthaṅgama|消滅]]により、[[adukkhamasukha|不苦不楽]]の・[[parisuddha|遍浄]]な[[upekkhati|捨]]と[[sati|念]]ある[[catutthajhāna|第四禅]]を[[upasampajjati|成就]]して住した。\\  [[sukha|楽]]の[[pahāna|断]]により、[[dukkha|苦]]の[[pahāna|断]]により、これまでの[[somanassa|嬉]]・[[domanassa|憂]]のまさに[[atthaṅgama|消滅]]により、[[adukkhamasukha|不苦不楽]]の・[[parisuddha|遍浄]]な[[upekkhati|捨]]と[[sati|念]]ある[[catutthajhāna|第四禅]]を[[upasampajjati|成就]]して住した。\\
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- そしてそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|遍浄]]、[[pariyodāta|白]]、[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、私は[[citta|心]]を[[pubbenivāsānussatiñāṇa|宿命智]]に向けさせた。\\+ そしてそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|遍浄]]、[[pariyodāta|白]]、[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、私は[[citta|心]]を[[pubbenivāsānussatiñāṇa|宿命智]]に向けさせた。\\
  その私は種々の過去の暮らしを[[anussarati|追憶]]した。すなわち、\\  その私は種々の過去の暮らしを[[anussarati|追憶]]した。すなわち、\\
  一[[jāti|生]]も、二[[jāti|生]]も、三[[jāti|生]]も、四[[jāti|生]]も、五[[jāti|生]]も、十[[jāti|生]]も、二十[[jāti|生]]も、三十[[jāti|生]]も、四十[[jāti|生]]も、五十[[jāti|生]]も、百[[jāti|生]]も、千[[jāti|生]]も、百千[[jāti|生]]も、多くの[[saṃvaṭṭakappa|壊劫]]も、多くの[[vivaṭṭakappa|成劫]]も、多くの[[saṃvaṭṭavivaṭṭakappa|壊成劫]]も、\\  一[[jāti|生]]も、二[[jāti|生]]も、三[[jāti|生]]も、四[[jāti|生]]も、五[[jāti|生]]も、十[[jāti|生]]も、二十[[jāti|生]]も、三十[[jāti|生]]も、四十[[jāti|生]]も、五十[[jāti|生]]も、百[[jāti|生]]も、千[[jāti|生]]も、百千[[jāti|生]]も、多くの[[saṃvaṭṭakappa|壊劫]]も、多くの[[vivaṭṭakappa|成劫]]も、多くの[[saṃvaṭṭavivaṭṭakappa|壊成劫]]も、\\
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  このように具体的に詳細な、種々の過去の暮らしを[[anussarati|追憶]]する。\\  このように具体的に詳細な、種々の過去の暮らしを[[anussarati|追憶]]する。\\
  婆羅門よ、これが夜の初[[yāma|更]]に、私によって[[adhigacchati|会得]]された最初の[[vijjā|明]]である。[[avijjā|無明]]は破壊され[[vijjā|明]]が生じ、暗闇は破壊され光が[[uppajjati|生じた]]。[[appamāda|不放逸]]に熱[[citta|心]]に自ら[[padhāna|勤め]]住する者にそれが起こるように。\\  婆羅門よ、これが夜の初[[yāma|更]]に、私によって[[adhigacchati|会得]]された最初の[[vijjā|明]]である。[[avijjā|無明]]は破壊され[[vijjā|明]]が生じ、暗闇は破壊され光が[[uppajjati|生じた]]。[[appamāda|不放逸]]に熱[[citta|心]]に自ら[[padhāna|勤め]]住する者にそれが起こるように。\\
- そしてそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|遍浄]]、[[pariyodāta|白]]、[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、私は[[citta|心]]を[[sattānaṃ cutūpapātañāṇa|有情死生智]]に向けさせた。\\ + そしてそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|遍浄]]、[[pariyodāta|白]]、[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、私は[[citta|心]]を[[sattānaṃ cutūpapātañāṇa|有情死生智]]に向けさせた。\\ 
- このように人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]し[[upapajjati|再生]]する[[satta|衆生]]を見て、[[kamma|業]]に従い、劣った、優れた、美しい、醜い、幸福な、不幸な(境遇)に行く[[satta|衆生]]を[[pajānāti|了知]]する。\\+ このように人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]してゆく[[satta|衆生]]、[[upapajjati|再生]]してゆく[[satta|衆生]]を見て、[[kamma|業]]に従い、劣った、優れた、美しい、醜い、幸福な、不幸な(境遇)に行く[[satta|衆生]]を[[pajānāti|了知]]する。\\
 『じつに、これらの[[satta|衆生]]は[[kāyika|身の]][[duccarita|悪行為]]を具え、語の[[duccarita|悪行為]]を具え、[[mano|意]]の[[duccarita|悪行為]]を具え、[[ariya|聖者]]たちを責め、[[micchādiṭṭhi|邪見]]の、[[micchādiṭṭhi|邪見]][[kamma|業]]の[[samādiyati|受持]]者ゆえに、\\ 『じつに、これらの[[satta|衆生]]は[[kāyika|身の]][[duccarita|悪行為]]を具え、語の[[duccarita|悪行為]]を具え、[[mano|意]]の[[duccarita|悪行為]]を具え、[[ariya|聖者]]たちを責め、[[micchādiṭṭhi|邪見]]の、[[micchādiṭṭhi|邪見]][[kamma|業]]の[[samādiyati|受持]]者ゆえに、\\
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  彼らは[[kāyika|身の]][[bheda|崩壊]]より死後、[[suggati|善趣]]である天界へ[[upapajjati|再生]]した』と。\\  彼らは[[kāyika|身の]][[bheda|崩壊]]より死後、[[suggati|善趣]]である天界へ[[upapajjati|再生]]した』と。\\
- このように人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]し[[upapajjati|再生]]する[[satta|衆生]]を見て、[[kamma|業]]に従い、劣った、優れた、美しい、醜い、幸福な、不幸な(境遇)に行く[[satta|衆生]]を[[pajānāti|了知]]する。\\+ このように人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]してゆく[[satta|衆生]]、[[upapajjati|再生]]してゆく[[satta|衆生]]を見て、[[kamma|業]]に従い、劣った、優れた、美しい、醜い、幸福な、不幸な(境遇)に行く[[satta|衆生]]を[[pajānāti|了知]]する。\\
  婆羅門よ、これが夜の中[[yāma|更]]に、私によって[[adhigacchati|会得]]された第二の[[vijjā|明]]である。[[avijjā|無明]]は破壊され[[vijjā|明]]が生じ、暗闇は破壊され光が[[uppajjati|生じた]]。[[appamāda|不放逸]]に熱[[citta|心]]に自ら[[padhāna|勤め]]住する者にそれが起こるように。\\  婆羅門よ、これが夜の中[[yāma|更]]に、私によって[[adhigacchati|会得]]された第二の[[vijjā|明]]である。[[avijjā|無明]]は破壊され[[vijjā|明]]が生じ、暗闇は破壊され光が[[uppajjati|生じた]]。[[appamāda|不放逸]]に熱[[citta|心]]に自ら[[padhāna|勤め]]住する者にそれが起こるように。\\
- そしてそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|遍浄]]、[[pariyodāta|白]]、[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、私は[[citta|心]]を[[āsavakkhayañāṇa|漏尽智]]に向けさせた。\\+ そしてそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|遍浄]]、[[pariyodāta|白]]、[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、私は[[citta|心]]を[[āsavakkhayañāṇa|漏尽智]]に向けさせた。\\
  そして私は『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[samudaya|集起]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]に至る[[paṭipadā|行道]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]した。\\  そして私は『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[samudaya|集起]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]に至る[[paṭipadā|行道]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]した。\\
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mn4.1767139452.txt.gz · 最終更新: by h1roemon