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 「おや、タパッシンよ、いったいどうしてあなたは早朝に来たのか?」と。\\ 「おや、タパッシンよ、いったいどうしてあなたは早朝に来たのか?」と。\\
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-「尊者よ、私は沙門ゴータマのもと、そこから来ました」と。\\+「尊者よ、私は沙門ゴータマのもと、そこから来ました」と。\\
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 「それではタパッシンよ、君には沙門ゴータマと何かの対談があったのだろうか?」と。\\ 「それではタパッシンよ、君には沙門ゴータマと何かの対談があったのだろうか?」と。\\
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-「尊者よ、私には沙門ゴータマと何かの対談がありました」と。\\+「尊者よ、私には沙門ゴータマと何かの対談がありました」と。\\
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 「それではタパッシンよ、君には沙門ゴータマとどのような対談があったのか?」と。\\ 「それではタパッシンよ、君には沙門ゴータマとどのような対談があったのか?」と。\\
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  [[sutavā|既聞]]の弟子により正しく、その師の教えが[[pajānāti|了知]]されるがごとく、まさにそのように[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンにより沙門ゴータマへ[[byākata|解答]]された。\\  [[sutavā|既聞]]の弟子により正しく、その師の教えが[[pajānāti|了知]]されるがごとく、まさにそのように[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンにより沙門ゴータマへ[[byākata|解答]]された。\\
  いったいどうして卑小な[[mano|意]]罰が、このように[[oḷārika|粗大]]なこの[[kāya|身]]罰に比べて輝くだろうか。\\  いったいどうして卑小な[[mano|意]]罰が、このように[[oḷārika|粗大]]なこの[[kāya|身]]罰に比べて輝くだろうか。\\
- そのとき悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、まさに[[kāya|身]]罰がより大きな有罪であり、語罰はそうではなく、[[mano|意]]罰はそうではない」と。\\+ そのとき悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、まさに[[kāya|身]]罰がより大きな有罪であり、語罰はそうではなく、[[mano|意]]罰はそうではない」と。\\
  こう説かれたとき、ウパーリ[[gahapati|居士]]がニガンタ・ナータプッタにこう言った。\\  こう説かれたとき、ウパーリ[[gahapati|居士]]がニガンタ・ナータプッタにこう言った。\\
 「尊者よ、[[sādhu|善きかな]]、ディーガ・タパッシンは[[sādhu|善きかな]]、。\\ 「尊者よ、[[sādhu|善きかな]]、ディーガ・タパッシンは[[sādhu|善きかな]]、。\\
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  まさにそのように私は沙門ゴータマの論を論によって振り、振り放ち、叩きつけるでしょう。\\  まさにそのように私は沙門ゴータマの論を論によって振り、振り放ち、叩きつけるでしょう。\\
  たとえば齢六十の象が深い蓮池に潜入し『麻洗い』という名の遊びの類に戯れるように、まさにそのように私は沙門ゴータマをまるで『麻洗い』遊びの類のようにもて遊ぶでしょう。\\  たとえば齢六十の象が深い蓮池に潜入し『麻洗い』という名の遊びの類に戯れるように、まさにそのように私は沙門ゴータマをまるで『麻洗い』遊びの類のようにもて遊ぶでしょう。\\
- 尊者がたよ、いざ私は行きます。沙門ゴータマのこの論の根拠について論破しましょう」と。\\+ 尊者がたよ、いざ私は行きます。沙門ゴータマのこの論の根拠について論破しましょう」と。\\
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 「[[gahapati|居士]]よ、行きなさい。あなたは沙門ゴータマのこの論の根拠について論破しなさい。\\ 「[[gahapati|居士]]よ、行きなさい。あなたは沙門ゴータマのこの論の根拠について論破しなさい。\\
- なぜなら[[gahapati|居士]]よ、沙門ゴータマを論破できるのは、私、あるいは[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシン、あるいはあなただから」と。\\+ なぜなら[[gahapati|居士]]よ、沙門ゴータマを論破できるのは、私、あるいは[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシン、あるいはあなただから」と。\\
  このように言われた[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンは、ニガンタ・ナータプッタにこう言った。\\  このように言われた[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンは、ニガンタ・ナータプッタにこう言った。\\
 「尊者よ、ウパーリ[[gahapati|居士]]が沙門ゴータマを論破しようとすること、そのことは私を喜ばせないのです。\\ 「尊者よ、ウパーリ[[gahapati|居士]]が沙門ゴータマを論破しようとすること、そのことは私を喜ばせないのです。\\
- なぜなら尊者よ、沙門ゴータマは幻術士であり、異教徒の弟子を転向させるような転向の幻術を知るからです」と。\\+ なぜなら尊者よ、沙門ゴータマは幻術士であり、異教徒の弟子を転向させるような転向の幻術を知るからです」と。\\
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 「タパッシンよ、ウパーリ[[gahapati|居士]]が沙門ゴータマの弟子たるを受けることなど、そのことは道理がなく、ありえない。\\ 「タパッシンよ、ウパーリ[[gahapati|居士]]が沙門ゴータマの弟子たるを受けることなど、そのことは道理がなく、ありえない。\\
  しかし沙門ゴータマがウパーリ[[gahapati|居士]]の弟子たるを受けること、それなら道理がある。\\  しかし沙門ゴータマがウパーリ[[gahapati|居士]]の弟子たるを受けること、それなら道理がある。\\
  [[gahapati|居士]]よ、行きなさい。あなたは沙門ゴータマのこの論の根拠について論破しなさい。\\  [[gahapati|居士]]よ、行きなさい。あなたは沙門ゴータマのこの論の根拠について論破しなさい。\\
- なぜなら[[gahapati|居士]]よ、沙門ゴータマを論破できるのは、私、あるいは[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシン、あるいはあなただから」と。\\+ なぜなら[[gahapati|居士]]よ、沙門ゴータマを論破できるのは、私、あるいは[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシン、あるいはあなただから」と。\\
  ふたたびディーガ・タパッシンは … 中略 …\\  ふたたびディーガ・タパッシンは … 中略 …\\
  みたび[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンは、ニガンタ・ナータプッタにこう言った。\\  みたび[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンは、ニガンタ・ナータプッタにこう言った。\\
 「尊者よ、ウパーリ[[gahapati|居士]]が沙門ゴータマを論破しようとすること、そのことは私を喜ばせないのです。\\ 「尊者よ、ウパーリ[[gahapati|居士]]が沙門ゴータマを論破しようとすること、そのことは私を喜ばせないのです。\\
- なぜなら尊者よ、沙門ゴータマは幻術士であり、異教徒の弟子を転向させるような転向の幻術を知るからです」と。\\+ なぜなら尊者よ、沙門ゴータマは幻術士であり、異教徒の弟子を転向させるような転向の幻術を知るからです」と。\\
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 「タパッシンよ、ウパーリ[[gahapati|居士]]が沙門ゴータマの弟子たるを受けることなど、そのことは道理がなく、ありえない。\\ 「タパッシンよ、ウパーリ[[gahapati|居士]]が沙門ゴータマの弟子たるを受けることなど、そのことは道理がなく、ありえない。\\
  しかし沙門ゴータマがウパーリ[[gahapati|居士]]の弟子たるを受けること、それなら道理がある。\\  しかし沙門ゴータマがウパーリ[[gahapati|居士]]の弟子たるを受けること、それなら道理がある。\\
  [[gahapati|居士]]よ、行きなさい。あなたは沙門ゴータマのこの論の根拠について論破しなさい。\\  [[gahapati|居士]]よ、行きなさい。あなたは沙門ゴータマのこの論の根拠について論破しなさい。\\
- なぜなら[[gahapati|居士]]よ、沙門ゴータマを論破できるのは、私、あるいは[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシン、あるいはあなただから」と。\\+ なぜなら[[gahapati|居士]]よ、沙門ゴータマを論破できるのは、私、あるいは[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシン、あるいはあなただから」と。\\
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-「尊者よ、そのように」と、ウパーリ[[gahapati|居士]]は、ニガンタ・ナータプッタに応えて、座から起き上がると、ニガンタ・ナータプッタに[[abhivādeti|礼拝]]して右回りの礼((右回りの礼はジャイナ教でも行われていたことがわかります。もしかして当時のインドの慣例かも知れません。))をなすと、パーヴァーリカのマンゴ林の世尊に近づいた。\\+「尊者よ、そのように」と、ウパーリ[[gahapati|居士]]は、ニガンタ・ナータプッタに応えて、座から起き上がると、ニガンタ・ナータプッタに[[abhivādeti|礼拝]]して右回りの礼((右回りの礼はジャイナ教でも行われていたことがわかります。もしかして当時のインドの慣例かも知れません。))をなすと、パーヴァーリカのマンゴ林の世尊のもとに近づいた。\\
  近づくと世尊に[[abhivādeti|礼拝]]して一隅に座った。\\  近づくと世尊に[[abhivādeti|礼拝]]して一隅に座った。\\
  一隅に座ったウパーリ[[gahapati|居士]]は、世尊にこう言った。\\  一隅に座ったウパーリ[[gahapati|居士]]は、世尊にこう言った。\\
 「尊者よ、ここに[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンが来ましたか?」と。\\ 「尊者よ、ここに[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンが来ましたか?」と。\\
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-「[[gahapati|居士]]よ、ここに[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンが来た」と。\\+「[[gahapati|居士]]よ、ここに[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンが来た」と。\\
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 「それでは尊者よ、あなたには[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンと何かの対談がありましたか?」と。\\ 「それでは尊者よ、あなたには[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンと何かの対談がありましたか?」と。\\
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-「[[gahapati|居士]]よ、私には[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンと何かの対談があった」と。\\+「[[gahapati|居士]]よ、私には[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンと何かの対談があった」と。\\
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 「それでは尊者よ、あなたには[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンとどのような対談がありましたか?」と。\\ 「それでは尊者よ、あなたには[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンとどのような対談がありましたか?」と。\\
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mn56_2.1748995822.txt.gz · 最終更新: by h1roemon