mn70_3
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| ここに比丘たちよ、[[saddhā|信]]が[[jāti|生まれ]]た者が近づく。近づいた者が敬い仕える。敬い仕える者が[[sota|耳]]を傾ける。[[sota|耳]]を傾けた者が[[dhamma|法]]を聞く。聞いて[[dhamma|法]]を[[dhāreti|保持]]する。[[dhāreti|保持]]された[[dhamma|諸法]]の[[attha|意義]]を[[upaparikkhati|調査]]する。\\ | ここに比丘たちよ、[[saddhā|信]]が[[jāti|生まれ]]た者が近づく。近づいた者が敬い仕える。敬い仕える者が[[sota|耳]]を傾ける。[[sota|耳]]を傾けた者が[[dhamma|法]]を聞く。聞いて[[dhamma|法]]を[[dhāreti|保持]]する。[[dhāreti|保持]]された[[dhamma|諸法]]の[[attha|意義]]を[[upaparikkhati|調査]]する。\\ | ||
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| - | [[attha|意義]]を[[upaparikkhati|調査]]する者の[[dhamma|諸法]]は[[nijjhāyati|審慮]]に耐えられる。[[dhamma|法]]の[[nijjhāyati|審慮]]の[[khanti|忍辱]]があるとき[[chanda|欲]]が[[jāti|生まれ]]る。[[chanda|欲]]が[[jāti|生まれ]]て敢行する。敢行して比べる。比べてから[[padhāna|勤め]]る。[[padhāna|勤め]]た者となり、[[kāya|身]]をもって最高の[[sacca|真実]]を[[sacchikaroti|実証]]し、また[[pañña|智慧]]をもってそれを[[ativijjhati|透徹]]して見る。\\ | + | [[attha|意義]]を[[upaparikkhati|調査]]する者の[[dhamma|諸法]]は[[nijjhāyati|審慮]]に耐えられる。[[dhamma|法]]の[[nijjhāyati|審慮]]の[[khanti|忍受]]があるとき[[chanda|欲]]が[[jāti|生まれ]]る。[[chanda|欲]]が[[jāti|生まれ]]て敢行する。敢行して比べる。比べてから[[padhāna|勤め]]る。[[padhāna|勤め]]た者となり、[[kāya|身]]をもって最高の[[sacca|真実]]を[[sacchikaroti|実証]]し、また[[pañña|智慧]]をもってそれを[[ativijjhati|透徹]]して見る。\\ |
| しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[saddhā|信]]がなかった。\\ | しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[saddhā|信]]がなかった。\\ | ||
| しかし比丘たちよ、(君たちには)その近づきがなかった。\\ | しかし比丘たちよ、(君たちには)その近づきがなかった。\\ | ||
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| しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[dhamma|法]]の[[dhāreti|保持]]がなかった。\\ | しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[dhamma|法]]の[[dhāreti|保持]]がなかった。\\ | ||
| しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[attha|意義]]の[[upaparikkhati|調査]]がなかった。\\ | しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[attha|意義]]の[[upaparikkhati|調査]]がなかった。\\ | ||
| - | しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[dhamma|法]]の[[nijjhāyati|審慮]]の[[khanti|忍辱]]がなかった。\\ | + | しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[dhamma|法]]の[[nijjhāyati|審慮]]の[[khanti|忍受]]がなかった。\\ |
| しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[chanda|欲]]がなかった。\\ | しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[chanda|欲]]がなかった。\\ | ||
| しかし比丘たちよ、(君たちには)その敢行がなかった。\\ | しかし比丘たちよ、(君たちには)その敢行がなかった。\\ | ||
| 行 39: | 行 39: | ||
| 比丘たちよ、[[saddhā|信]]ある弟子が師の教えに[[pariyogāhati|深入]]して転じるとき、二つの[[phala|果]]のうち一つの[[phala|果]]が[[pāṭikaṅkha|予期]]される。\\ | 比丘たちよ、[[saddhā|信]]ある弟子が師の教えに[[pariyogāhati|深入]]して転じるとき、二つの[[phala|果]]のうち一つの[[phala|果]]が[[pāṭikaṅkha|予期]]される。\\ | ||
| [[diṭṭhadhamma|現法]]での[[aññā|開悟]]、あるいは[[upādisesa|有余依]]ならば[[anāgāmī|不還]]性である」と。\\ | [[diṭṭhadhamma|現法]]での[[aññā|開悟]]、あるいは[[upādisesa|有余依]]ならば[[anāgāmī|不還]]性である」と。\\ | ||
| - | 世尊はこうおっしゃった。\\ | + | 世尊はこう言われた。\\ |
| 意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | 意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | ||
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