ユーザ用ツール

サイト用ツール


mn70_3

差分

このページの2つのバージョン間の差分を表示します。

この比較画面へのリンク

両方とも前のリビジョン前のリビジョン
次のリビジョン
前のリビジョン
mn70_3 [2025/11/04 20:54] h1roemonmn70_3 [2026/02/05 11:11] (現在) h1roemon
行 8: 行 8:
  ここに比丘たちよ、[[saddhā|信]]が[[jāti|生まれ]]た者が近づく。近づいた者が敬い仕える。敬い仕える者が[[sota|耳]]を傾ける。[[sota|耳]]を傾けた者が[[dhamma|法]]を聞く。聞いて[[dhamma|法]]を[[dhāreti|保持]]する。[[dhāreti|保持]]された[[dhamma|諸法]]の[[attha|意義]]を[[upaparikkhati|調査]]する。\\  ここに比丘たちよ、[[saddhā|信]]が[[jāti|生まれ]]た者が近づく。近づいた者が敬い仕える。敬い仕える者が[[sota|耳]]を傾ける。[[sota|耳]]を傾けた者が[[dhamma|法]]を聞く。聞いて[[dhamma|法]]を[[dhāreti|保持]]する。[[dhāreti|保持]]された[[dhamma|諸法]]の[[attha|意義]]を[[upaparikkhati|調査]]する。\\
 \\ \\
- [[attha|意義]]を[[upaparikkhati|調査]]する者の[[dhamma|諸法]]は[[nijjhāyati|審慮]]に耐えられる。[[dhamma|法]]の[[nijjhāyati|審慮]]の[[khanti|忍]]があるとき[[chanda|欲]]が[[jāti|生まれ]]る。[[chanda|欲]]が[[jāti|生まれ]]て敢行する。敢行して比べる。比べてから[[padhāna|勤め]]る。[[padhāna|勤め]]た者となり、[[kāya|身]]をもって最高の[[sacca|真実]]を[[sacchikaroti|実証]]し、また[[pañña|智慧]]をもってそれを[[ativijjhati|透徹]]して見る。\\+ [[attha|意義]]を[[upaparikkhati|調査]]する者の[[dhamma|諸法]]は[[nijjhāyati|審慮]]に耐えられる。[[dhamma|法]]の[[nijjhāyati|審慮]]の[[khanti|忍]]があるとき[[chanda|欲]]が[[jāti|生まれ]]る。[[chanda|欲]]が[[jāti|生まれ]]て敢行する。敢行して比べる。比べてから[[padhāna|勤め]]る。[[padhāna|勤め]]た者となり、[[kāya|身]]をもって最高の[[sacca|真実]]を[[sacchikaroti|実証]]し、また[[pañña|智慧]]をもってそれを[[ativijjhati|透徹]]して見る。\\
  しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[saddhā|信]]がなかった。\\  しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[saddhā|信]]がなかった。\\
  しかし比丘たちよ、(君たちには)その近づきがなかった。\\  しかし比丘たちよ、(君たちには)その近づきがなかった。\\
行 16: 行 16:
  しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[dhamma|法]]の[[dhāreti|保持]]がなかった。\\  しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[dhamma|法]]の[[dhāreti|保持]]がなかった。\\
  しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[attha|意義]]の[[upaparikkhati|調査]]がなかった。\\  しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[attha|意義]]の[[upaparikkhati|調査]]がなかった。\\
- しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[dhamma|法]]の[[nijjhāyati|審慮]]の[[khanti|忍]]がなかった。\\+ しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[dhamma|法]]の[[nijjhāyati|審慮]]の[[khanti|忍]]がなかった。\\
  しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[chanda|欲]]がなかった。\\  しかし比丘たちよ、(君たちには)その[[chanda|欲]]がなかった。\\
  しかし比丘たちよ、(君たちには)その敢行がなかった。\\  しかし比丘たちよ、(君たちには)その敢行がなかった。\\
行 39: 行 39:
  比丘たちよ、[[saddhā|信]]ある弟子が師の教えに[[pariyogāhati|深入]]して転じるとき、二つの[[phala|果]]のうち一つの[[phala|果]]が[[pāṭikaṅkha|予期]]される。\\  比丘たちよ、[[saddhā|信]]ある弟子が師の教えに[[pariyogāhati|深入]]して転じるとき、二つの[[phala|果]]のうち一つの[[phala|果]]が[[pāṭikaṅkha|予期]]される。\\
  [[diṭṭhadhamma|現法]]での[[aññā|開悟]]、あるいは[[upādisesa|有余依]]ならば[[anāgāmī|不還]]性である」と。\\  [[diṭṭhadhamma|現法]]での[[aññā|開悟]]、あるいは[[upādisesa|有余依]]ならば[[anāgāmī|不還]]性である」と。\\
- 世尊はこうおっしゃった。\\+ 世尊はこう言われた。\\
  意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\  意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\
 </WRAP> </WRAP>
mn70_3.1762257272.txt.gz · 最終更新: by h1roemon