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  \\  \\
  ([[uddisati|総説]])\\  ([[uddisati|総説]])\\
-「比丘たちよ、これが[[satta|衆生]]の[[visuddhi|清浄]]のため、[[soka|悲]]・[[parideva|悲嘆]]の[[samatikkama|超越]]のため、[[dukkha|苦]]・[[domanassa|憂]]の[[atthaṅgama|消滅]]のため、[[ñāya|真理]]の[[adhigacchati|会得]]のため、[[nibbāna|涅槃]]の[[sacchikaroti|実証]]のための唯一の[[magga|道]]である。それはすなわち[[cattārosatipaṭṭhāna|四念処]]である。\\+「比丘たちよ、これが[[satta|衆生]]の[[visuddhi|清浄]]のため、[[soka|悲]]・[[parideva|悲嘆]]の[[samatikkama|超越]]のため、[[dukkha|苦]]・[[domanassa|憂]]の[[atthaṅgama|消滅]]のため、[[ñāya|筋道]]の[[adhigacchati|会得]]のため、[[nibbāna|涅槃]]の[[sacchikaroti|実証]]のための唯一の[[magga|道]]である。それはすなわち[[cattārosatipaṭṭhāna|四念処]]である。\\
 \\ \\
- いかなるか?\\+ 四とは何か?\\
  比丘たちよ、ここに比丘は[[kāya|身]]における[[kāya|身]][[anupassati|随観]]者として熱心に[[sampajāna|意識的]]に[[satimā|念を具え]]て住し、[[loka|世間]]における[[abhijjhā|羨望]]と[[domanassa|憂]]を[[vinaya|調伏]]する。\\  比丘たちよ、ここに比丘は[[kāya|身]]における[[kāya|身]][[anupassati|随観]]者として熱心に[[sampajāna|意識的]]に[[satimā|念を具え]]て住し、[[loka|世間]]における[[abhijjhā|羨望]]と[[domanassa|憂]]を[[vinaya|調伏]]する。\\
  [[vedanā|諸受]]における[[vedanā|受]][[anupassati|随観]]者として熱心に[[sampajāna|意識的]]に[[satimā|念を具え]]て住し、[[loka|世間]]における[[abhijjhā|羨望]]と[[domanassa|憂]]を[[vinaya|調伏]]する。\\  [[vedanā|諸受]]における[[vedanā|受]][[anupassati|随観]]者として熱心に[[sampajāna|意識的]]に[[satimā|念を具え]]て住し、[[loka|世間]]における[[abhijjhā|羨望]]と[[domanassa|憂]]を[[vinaya|調伏]]する。\\
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  それでは比丘たちよ、比丘はどのように[[kāya|身]]における[[kāya|身]][[anupassati|随観]]者として住するのか?\\  それでは比丘たちよ、比丘はどのように[[kāya|身]]における[[kāya|身]][[anupassati|随観]]者として住するのか?\\
  比丘たちよ、ここに比丘は森に行き、樹の[[mūla|根元]]に行き、あるいは[[suñña|空]]き家に行き、[[pallaṅka|結跏]]を組み、[[uju|まっすぐ]]に[[kāya|身]]を[[paṇidahati|定置]]して、[[parimukha|面前]]に[[sati|念]]を[[upaṭṭhāti|現前]]させて座る。\\  比丘たちよ、ここに比丘は森に行き、樹の[[mūla|根元]]に行き、あるいは[[suñña|空]]き家に行き、[[pallaṅka|結跏]]を組み、[[uju|まっすぐ]]に[[kāya|身]]を[[paṇidahati|定置]]して、[[parimukha|面前]]に[[sati|念]]を[[upaṭṭhāti|現前]]させて座る。\\
- 彼はすら[[sati|念]]じて[[assāsa|入息]]し、すら[[sati|念]]じて[[passāsa|出息]]する。\\+ 彼はた[[sati|念]]じて[[assāsa|入息]]し、た[[sati|念]]じて[[passāsa|出息]]する。\\
  長く[[assāsa|入息]]しつつ『長く[[assāsa|入息]]している』と[[pajānāti|了知]]し、長く[[passāsa|出息]]しつつ『長く[[passāsa|出息]]している』と[[pajānāti|了知]]し、短く[[assāsa|入息]]しつつ『短く[[assāsa|入息]]している』と[[pajānāti|了知]]し、短く[[passāsa|出息]]しつつ『短く[[passāsa|出息]]している』と[[pajānāti|了知]]する。\\  長く[[assāsa|入息]]しつつ『長く[[assāsa|入息]]している』と[[pajānāti|了知]]し、長く[[passāsa|出息]]しつつ『長く[[passāsa|出息]]している』と[[pajānāti|了知]]し、短く[[assāsa|入息]]しつつ『短く[[assāsa|入息]]している』と[[pajānāti|了知]]し、短く[[passāsa|出息]]しつつ『短く[[passāsa|出息]]している』と[[pajānāti|了知]]する。\\
 \\ \\
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  比丘たちよ、そのように比丘は[[kāya|身]]における[[kāya|身]][[anupassati|随観]]者として住する。\\  比丘たちよ、そのように比丘は[[kāya|身]]における[[kāya|身]][[anupassati|随観]]者として住する。\\
 \\ \\
- (@z@の部終了)\\+ (入出息の部終了)\\
  \\  \\
  ([[kāya|身]][[anupassati|随観]]:[[iriyāpatha|四威儀]]の部)\\  ([[kāya|身]][[anupassati|随観]]:[[iriyāpatha|四威儀]]の部)\\
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