mn19_2
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| [[sukha|楽]]の[[pahāna|断]]により、[[dukkha|苦]]の[[pahāna|断]]により、これまでの[[somanassa|嬉]]・[[domanassa|憂]]のまさに[[atthaṅgama|消滅]]により、[[adukkhamasukha|不苦不楽]]の・[[parisuddha|遍浄]]な[[upekkhati|捨]]と[[sati|念]]ある[[catutthajhāna|第四禅]]を[[upasampajjati|成就]]して住した。\\ | [[sukha|楽]]の[[pahāna|断]]により、[[dukkha|苦]]の[[pahāna|断]]により、これまでの[[somanassa|嬉]]・[[domanassa|憂]]のまさに[[atthaṅgama|消滅]]により、[[adukkhamasukha|不苦不楽]]の・[[parisuddha|遍浄]]な[[upekkhati|捨]]と[[sati|念]]ある[[catutthajhāna|第四禅]]を[[upasampajjati|成就]]して住した。\\ | ||
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| - | そしてそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|澄みわた]]り[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、私は[[citta|心]]を[[pubbenivāsānussatiñāṇa|宿命智]]に向けさせた。\\ | + | そしてそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|清白]]で[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、私は[[citta|心]]を[[pubbenivāsānussatiñāṇa|宿命智]]に向けさせた。\\ |
| その私は種々の過去の暮らしを[[anussarati|追憶]]した。\\ | その私は種々の過去の暮らしを[[anussarati|追憶]]した。\\ | ||
| すなわち、一[[jāti|生]]も … 中略 …\\ | すなわち、一[[jāti|生]]も … 中略 …\\ | ||
| 行 23: | 行 23: | ||
| 暗闇は破壊され光が[[uppajjati|生じた]]、\\ | 暗闇は破壊され光が[[uppajjati|生じた]]、\\ | ||
| [[appamāda|不放逸]]に熱心に自ら[[padhāna|勤め]]住する者にそれが起こるように。\\ | [[appamāda|不放逸]]に熱心に自ら[[padhāna|勤め]]住する者にそれが起こるように。\\ | ||
| - | そしてそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|澄みわた]]り[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、私は[[citta|心]]を[[sattānaṃ cutūpapātañāṇa|有情死生智]]に向けさせた。\\ | + | そしてそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|清白]]で[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、私は[[citta|心]]を[[sattānaṃ cutūpapātañāṇa|有情死生智]]に向けさせた。\\ |
| このように人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]し[[upapajjati|再生]]する、 … 中略 …\\ | このように人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]し[[upapajjati|再生]]する、 … 中略 …\\ | ||
| 『じつに、これらの[[satta|衆生]]は[[kāyika|身の]][[duccarita|悪行為]]を具え、… 中略 …\\ | 『じつに、これらの[[satta|衆生]]は[[kāyika|身の]][[duccarita|悪行為]]を具え、… 中略 …\\ | ||
| - | このように人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]し[[upapajjati|再生]]する[[satta|衆生]]を見て、[[kamma|業]]に従い、劣った、優れた、美しい、醜い、幸福な、不幸な(境遇)に行く[[satta|衆生]]を[[pajānāti|了知]]した。\\ | + | このように人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]してゆく[[satta|衆生]]、[[upapajjati|再生]]してゆく[[satta|衆生]]を見て、[[kamma|業]]に従い、劣った、優れた、美しい、醜い、幸福な、不幸な(境遇)に行く[[satta|衆生]]を[[pajānāti|了知]]した。\\ |
| 比丘たちよ、これが夜の中[[yāma|更]]に、私によって[[adhigacchati|会得]]された第二の[[vijjā|明]]である。\\ | 比丘たちよ、これが夜の中[[yāma|更]]に、私によって[[adhigacchati|会得]]された第二の[[vijjā|明]]である。\\ | ||
| [[avijjā|無明]]は破壊され[[vijjā|明]]が生じ、\\ | [[avijjā|無明]]は破壊され[[vijjā|明]]が生じ、\\ | ||
| 暗闇は破壊され光が[[uppajjati|生じた]]、\\ | 暗闇は破壊され光が[[uppajjati|生じた]]、\\ | ||
| [[appamāda|不放逸]]に熱心に自ら[[padhāna|勤め]]住する者にそれが起こるように。\\ | [[appamāda|不放逸]]に熱心に自ら[[padhāna|勤め]]住する者にそれが起こるように。\\ | ||
| - | そしてそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|澄みわた]]り[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、私は[[citta|心]]を[[āsavakkhayañāṇa|漏尽智]]に向けさせた。\\ | + | そしてそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|清白]]で[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、私は[[citta|心]]を[[āsavakkhayañāṇa|漏尽智]]に向けさせた。\\ |
| そして私は『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[samudaya|集起]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]に至る[[paṭipadā|行道]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]した。\\ | そして私は『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[samudaya|集起]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]に至る[[paṭipadā|行道]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[abhijānāti|証知]]した。\\ | ||
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| 行 76: | 行 76: | ||
| 後に悔恨ある者たちとなってはならぬ。\\ | 後に悔恨ある者たちとなってはならぬ。\\ | ||
| これが君たちへの私の指導である」と。\\ | これが君たちへの私の指導である」と。\\ | ||
| - | 世尊はこうおっしゃった。\\ | + | 世尊はこう言われた。\\ |
| 意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | 意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | ||
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