ユーザ用ツール

サイト用ツール


mn29_2

差分

このページの2つのバージョン間の差分を表示します。

この比較画面へのリンク

両方とも前のリビジョン前のリビジョン
次のリビジョン
前のリビジョン
mn29_2 [2024/08/01 17:16] h1roemonmn29_2 [2026/01/06 07:26] (現在) h1roemon
行 20: 行 20:
  彼はその[[ñāṇadassana|智見]]により、[[atta|自己]]をほめそやし他者を軽蔑する。\\  彼はその[[ñāṇadassana|智見]]により、[[atta|自己]]をほめそやし他者を軽蔑する。\\
 『私は知り見る者となり住している。\\ 『私は知り見る者となり住している。\\
- しかしこれら他の比丘らは知らず[[dassana|見]]ず住している』と。\\+ しかしこれら他の比丘らは知らず[[dassana|見]]ず住している』と。\\
  彼はその[[ñāṇadassana|智見]]により酔い、[[pamāda|放逸]]になり、[[pamāda|放逸]]に[[āpajjati|陥り]]、[[pamāda|放逸]]者となって[[dukkha|苦]]しく住する。\\  彼はその[[ñāṇadassana|智見]]により酔い、[[pamāda|放逸]]になり、[[pamāda|放逸]]に[[āpajjati|陥り]]、[[pamāda|放逸]]者となって[[dukkha|苦]]しく住する。\\
  たとえば比丘たちよ、芯材を求め芯材を探し芯材の[[pariyesati|探求]]をしている男が、立っている芯材ある大木の芯材を通り過ぎ、辺材を切り取って、『芯材だ』と思って立ち去るとしよう。\\  たとえば比丘たちよ、芯材を求め芯材を探し芯材の[[pariyesati|探求]]をしている男が、立っている芯材ある大木の芯材を通り過ぎ、辺材を切り取って、『芯材だ』と思って立ち去るとしよう。\\
行 26: 行 26:
 『ああ、この尊者は芯材を[[pajānāti|了知]]せず、辺材を[[pajānāti|了知]]せず、深皮を[[pajānāti|了知]]せず、表皮を[[pajānāti|了知]]せず、枝葉を[[pajānāti|了知]]していなかった。\\ 『ああ、この尊者は芯材を[[pajānāti|了知]]せず、辺材を[[pajānāti|了知]]せず、深皮を[[pajānāti|了知]]せず、表皮を[[pajānāti|了知]]せず、枝葉を[[pajānāti|了知]]していなかった。\\
  このように、芯材を求め芯材を探し芯材の[[pariyesati|探求]]をしているこの尊者が、立っている芯材ある大木の芯材を通り過ぎ、辺材を切り取って、『芯材だ』と思って立ち去ったのだから。\\  このように、芯材を求め芯材を探し芯材の[[pariyesati|探求]]をしているこの尊者が、立っている芯材ある大木の芯材を通り過ぎ、辺材を切り取って、『芯材だ』と思って立ち去ったのだから。\\
- その芯材により芯材がなされるべきことは、その[[attha|目的]]にかなわないだろう』と。\\+ その芯材により芯材がなされるべきことは、その[[attha|目的]]にかなわないだろう』と。\\
  まさにそのように比丘たちよ、ここで、ある良家の息子は[[saddhā|信]]により、俗家から家なき者へと出家した者となる。\\  まさにそのように比丘たちよ、ここで、ある良家の息子は[[saddhā|信]]により、俗家から家なき者へと出家した者となる。\\
 『私は[[jāti|生]]・[[jarā|老]]・[[maraṇa|死]]・[[soka|悲]]・[[parideva|悲嘆]]・[[domanassa|憂]]・[[upāyāsa|悩]]に悩まされ、[[dukkha|苦]]に悩まされ、[[dukkha|苦]]に打ち負かされている。きっと、この[[kevala|全て]]の[[dukkhakkhandha|苦蘊]]の[[antakiriyā|終了]]が[[paññāyati|知られ]]るだろう』と。\\ 『私は[[jāti|生]]・[[jarā|老]]・[[maraṇa|死]]・[[soka|悲]]・[[parideva|悲嘆]]・[[domanassa|憂]]・[[upāyāsa|悩]]に悩まされ、[[dukkha|苦]]に悩まされ、[[dukkha|苦]]に打ち負かされている。きっと、この[[kevala|全て]]の[[dukkhakkhandha|苦蘊]]の[[antakiriyā|終了]]が[[paññāyati|知られ]]るだろう』と。\\
行 42: 行 42:
  彼はその[[ñāṇadassana|智見]]により、意に適い、満ち足りた[[saṅkappa|思い]]になる。\\  彼はその[[ñāṇadassana|智見]]により、意に適い、満ち足りた[[saṅkappa|思い]]になる。\\
  彼はその[[ñāṇadassana|智見]]により、[[atta|自己]]をほめそやし他者を軽蔑する。\\  彼はその[[ñāṇadassana|智見]]により、[[atta|自己]]をほめそやし他者を軽蔑する。\\
-『私は知り見る者となり住している。しかしこれら他の比丘らは知らず[[dassana|見]]ず住している』と。\\+『私は知り見る者となり住している。しかしこれら他の比丘らは知らず[[dassana|見]]ず住している』と。\\
  彼はその[[ñāṇadassana|智見]]により酔い、[[pamāda|放逸]]になり、[[pamāda|放逸]]に[[āpajjati|陥り]]、[[pamāda|放逸]]者となって[[dukkha|苦]]しく住する。\\  彼はその[[ñāṇadassana|智見]]により酔い、[[pamāda|放逸]]になり、[[pamāda|放逸]]に[[āpajjati|陥り]]、[[pamāda|放逸]]者となって[[dukkha|苦]]しく住する。\\
  比丘たちよ、この比丘は『[[brahmacariya|梵行]]の辺材をつかんだ』と言われ、\\  比丘たちよ、この比丘は『[[brahmacariya|梵行]]の辺材をつかんだ』と言われ、\\
行 92: 行 92:
 \\ \\
  比丘たちよ、この[[kuppati|揺るぎ]]なき[[cetovimutti|心解脱]]というもの、\\  比丘たちよ、この[[kuppati|揺るぎ]]なき[[cetovimutti|心解脱]]というもの、\\
- 比丘たちよ、この[[brahmacariya|梵行]]はそれを[[attha|目的]]に、それを芯材に、それを完了とするのである」と。\\ + 比丘たちよ、この[[brahmacariya|梵行]]はそれを[[attha|目的]]に、それを芯材に、それを[[pariyosāna|完了]]とするのである」と。\\ 
- 世尊はこうおっしゃった。\\+ 世尊はこう言われた。\\
  意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\  意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\
 </WRAP> </WRAP>
行 196: 行 196:
 </WRAP> </WRAP>
 </WRAP> </WRAP>
-[<10>]+
  
mn29_2.1722500212.txt.gz · 最終更新: by h1roemon