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  牛父、牛の指導者である雄牛たち、彼らをあまりある[[pūjeti|供養]]により、[[pūjeti|供養]]する。\\  牛父、牛の指導者である雄牛たち、彼らをあまりある[[pūjeti|供養]]により、[[pūjeti|供養]]する。\\
  比丘たちよ、これら十一[[aṅga|項目]]を具えた牛飼いは、牛の群れを保ち増やすことができる。\\  比丘たちよ、これら十一[[aṅga|項目]]を具えた牛飼いは、牛の群れを保ち増やすことができる。\\
- まさにそのように比丘たちよ、十一[[dhamma|法]]を具えた比丘は、この[[dhammavinaya|法と律]]において[[vuddhi|成長]]・[[virūhati|繁茂]]・[[vepulla|発達]]に至ることができる。\\+ まさにそのように比丘たちよ、十一[[dhamma|法]]を具えた比丘は、この[[dhammavinaya|法と律]]において[[vuddhi|成長]]・[[virūhati|繁茂]]・[[vepulla|繁栄]]に至ることができる。\\
  どの十一か?\\  どの十一か?\\
  比丘たちよ、ここに比丘が[[rūpa|色]]を知る者であり、[[lakkhaṇa|特徴]]について[[kusala|巧者]]であり、ハエの卵を取り除く者であり、傷を[[makkha|覆]]う者であり、煙をたく者であり、渡し場を知り、飲み物を知り、経路を知り、[[gocara|餌場]]について[[kusala|巧者]]であり、残して搾乳する者であり、\\  比丘たちよ、ここに比丘が[[rūpa|色]]を知る者であり、[[lakkhaṇa|特徴]]について[[kusala|巧者]]であり、ハエの卵を取り除く者であり、傷を[[makkha|覆]]う者であり、煙をたく者であり、渡し場を知り、飲み物を知り、経路を知り、[[gocara|餌場]]について[[kusala|巧者]]であり、残して搾乳する者であり、\\
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  (4)では比丘たちよ、どのように比丘は傷を覆う者なのか?\\  (4)では比丘たちよ、どのように比丘は傷を覆う者なのか?\\
  友よ、ここに比丘は[[cakkhu|眼]]で[[rūpa|色]]を見ても、[[nimitta|特相]]をつかまず[[anuvyañjana|随相]]をつかまない。\\  友よ、ここに比丘は[[cakkhu|眼]]で[[rūpa|色]]を見ても、[[nimitta|特相]]をつかまず[[anuvyañjana|随相]]をつかまない。\\
- [[cakkhu|眼]][[indriya|根]]が[[saṃvara|防護]]されずに住する者に、[[abhijjhā|羨望]]・[[domanassa|心苦]]・[[pāpa|悪しき]]・[[akusala|不善]][[dhamma|諸法]]が流れ込むというこの理由により、彼はその[[saṃvara|防護]]のため[[paṭipadā|行道]]し、[[cakkhu|眼]][[indriya|根]]を守り、[[cakkhu|眼]][[indriyasaṃvara|根の防護]]に至る。\\+ [[cakkhu|眼]][[indriya|根]]が[[saṃvara|防護]]されずに住する者に、[[abhijjhā|羨望]]・[[domanassa|]]・[[pāpa|悪しき]]・[[akusala|不善]][[dhamma|諸法]]が流れ込むというこの理由により、彼はその[[saṃvara|防護]]のため[[paṭipadā|行道]]し、[[cakkhu|眼]][[indriya|根]]を守り、[[cakkhu|眼]][[indriyasaṃvara|根の防護]]に至る。\\
 \\ \\
  [[sota|耳]]で[[sadda|声]]を聞いても、 … 中略 …\\  [[sota|耳]]で[[sadda|声]]を聞いても、 … 中略 …\\
行 36: 行 36:
  [[kāya|身]]により[[phoṭṭhabba|接触]]に触れても、 … 中略 …\\  [[kāya|身]]により[[phoṭṭhabba|接触]]に触れても、 … 中略 …\\
  [[mano|意]]で[[dhamma|法]]を[[viññāṇa|識]]っても、[[nimitta|特相]]をつかまず[[anuvyañjana|随相]]をつかまない。\\  [[mano|意]]で[[dhamma|法]]を[[viññāṇa|識]]っても、[[nimitta|特相]]をつかまず[[anuvyañjana|随相]]をつかまない。\\
- [[mano|意]][[indriya|根]]が[[saṃvara|防護]]されずに住する者に、[[abhijjhā|羨望]]・[[domanassa|心苦]]・[[pāpa|悪しき]][[akusala|不善]][[dhamma|諸法]]が流れ込むというこの理由により、彼はその[[saṃvara|防護]]のため[[paṭipadā|行道]]し、[[mano|意]][[indriya|根]]を守り、[[mano|意]][[indriyasaṃvara|根の防護]]に至る。\\+ [[mano|意]][[indriya|根]]が[[saṃvara|防護]]されずに住する者に、[[abhijjhā|羨望]]・[[domanassa|]]・[[pāpa|悪しき]][[akusala|不善]][[dhamma|諸法]]が流れ込むというこの理由により、彼はその[[saṃvara|防護]]のため[[paṭipadā|行道]]し、[[mano|意]][[indriya|根]]を守り、[[mano|意]][[indriyasaṃvara|根の防護]]に至る。\\
 \\ \\
  比丘たちよ、このように比丘は傷を覆う者である。\\  比丘たちよ、このように比丘は傷を覆う者である。\\
行 67: 行 67:
  (10)では比丘たちよ、どのように比丘は残して搾乳する者となるのか?\\  (10)では比丘たちよ、どのように比丘は残して搾乳する者となるのか?\\
  比丘たちよ、ここに[[saddhā|信]]ある[[gahapati|居士]]たちは比丘に([[dāna|布施]]を)持って来て、外衣、[[piṇḍapāta|鉢食]]、[[senāsana|坐臥処]]、病人必需薬、資具により捧げるが、\\  比丘たちよ、ここに[[saddhā|信]]ある[[gahapati|居士]]たちは比丘に([[dāna|布施]]を)持って来て、外衣、[[piṇḍapāta|鉢食]]、[[senāsana|坐臥処]]、病人必需薬、資具により捧げるが、\\
- そのとき比丘が[[paṭigaṇhati|受]]のための適量を知る。\\+ そのとき比丘が[[paṭigaṇhati|受け取]]適量を知る。\\
  比丘たちよ、このように比丘は残して搾乳する者となる。\\  比丘たちよ、このように比丘は残して搾乳する者となる。\\
  \\  \\
行 75: 行 75:
  [[metta|慈しみ]]の[[mano|意]][[kamma|業]]をはっきりと、またひそかに[[paccupaṭṭhita|現起]]させる。\\  [[metta|慈しみ]]の[[mano|意]][[kamma|業]]をはっきりと、またひそかに[[paccupaṭṭhita|現起]]させる。\\
  比丘たちよ、このように比丘は経験あり、長く出家した、[[saṅgha|僧伽]]の父、[[saṅgha|僧伽]]の指導者である長老比丘たち。彼らをあまりある[[pūjeti|供養]]により、[[pūjeti|供養]]する。\\  比丘たちよ、このように比丘は経験あり、長く出家した、[[saṅgha|僧伽]]の父、[[saṅgha|僧伽]]の指導者である長老比丘たち。彼らをあまりある[[pūjeti|供養]]により、[[pūjeti|供養]]する。\\
- 比丘たちよ、これら十一[[dhamma|法]]を具えた比丘は、この[[dhammavinaya|法と律]]において[[vuddhi|成長]]・[[virūhati|繁茂]]・[[vepulla|発達]]に至ることができる」と。\\ + 比丘たちよ、これら十一[[dhamma|法]]を具えた比丘は、この[[dhammavinaya|法と律]]において[[vuddhi|成長]]・[[virūhati|繁茂]]・[[vepulla|繁栄]]に至ることができる」と。\\ 
- 世尊はこうおっしゃった。\\+ 世尊はこう言われた。\\
  意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\  意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\
 </WRAP> </WRAP>
mn33_2.1760402312.txt.gz · 最終更新: by h1roemon