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  比丘たちよ、『これが[[bhava|存在]]する』と見ているか?」と。((注釈書では、”これ”は五蘊であるとしています。 [[sn12.31]]に同句あり。))\\  比丘たちよ、『これが[[bhava|存在]]する』と見ているか?」と。((注釈書では、”これ”は五蘊であるとしています。 [[sn12.31]]に同句あり。))\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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  比丘たちよ、『それは[[āhāra|食]]による[[sambhava|生成]]である』と見ているか?」と。\\  比丘たちよ、『それは[[āhāra|食]]による[[sambhava|生成]]である』と見ているか?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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 「『およそ[[bhava|存在]]するものは、その[[āhāra|食]]の[[nirodha|滅]]により[[nirodhadhamma|滅法]]である』と見ているか?」と。\\ 「『およそ[[bhava|存在]]するものは、その[[āhāra|食]]の[[nirodha|滅]]により[[nirodhadhamma|滅法]]である』と見ているか?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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 「比丘たちよ、『これが[[bhava|存在]]しないのではないか』と[[vicikicchā|疑う]]者には[[vicikicchā|迷い]]が[[uppajjati|生じる]]か?」と。\\ 「比丘たちよ、『これが[[bhava|存在]]しないのではないか』と[[vicikicchā|疑う]]者には[[vicikicchā|迷い]]が[[uppajjati|生じる]]か?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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 「比丘たちよ、『それは[[āhāra|食]]による[[sambhava|生成]]ではないのではないか』と[[vicikicchā|疑う]]者には[[vicikicchā|迷い]]が[[uppajjati|生じる]]か?」と。\\ 「比丘たちよ、『それは[[āhāra|食]]による[[sambhava|生成]]ではないのではないか』と[[vicikicchā|疑う]]者には[[vicikicchā|迷い]]が[[uppajjati|生じる]]か?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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 「『およそ[[bhava|存在]]するものは、その[[āhāra|食]]の[[nirodha|滅]]により[[nirodhadhamma|滅法]]ではないかもしれない』と[[vicikicchā|疑う]]者には[[vicikicchā|迷い]]が[[uppajjati|生じる]]か?」と。\\ 「『およそ[[bhava|存在]]するものは、その[[āhāra|食]]の[[nirodha|滅]]により[[nirodhadhamma|滅法]]ではないかもしれない』と[[vicikicchā|疑う]]者には[[vicikicchā|迷い]]が[[uppajjati|生じる]]か?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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 「『これが[[bhava|存在]]する』と[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]をもって見る者には、”[[vicikicchā|迷い]]”それは[[pahāna|断]]じられるか?」と。\\ 「『これが[[bhava|存在]]する』と[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]をもって見る者には、”[[vicikicchā|迷い]]”それは[[pahāna|断]]じられるか?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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 「『それは[[āhāra|食]]による[[sambhava|生成]]である』と[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]をもって見る者には、”[[vicikicchā|迷い]]”それは[[pahāna|断]]じられるか?」と。\\ 「『それは[[āhāra|食]]による[[sambhava|生成]]である』と[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]をもって見る者には、”[[vicikicchā|迷い]]”それは[[pahāna|断]]じられるか?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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 「『およそ[[bhava|存在]]するもの、それはその[[āhāra|食]]の[[nirodha|滅]]により[[nirodhadhamma|滅法]]である』と[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]をもって見る者には、”[[vicikicchā|迷い]]”それは[[pahāna|断]]じられるか?」と。\\ 「『およそ[[bhava|存在]]するもの、それはその[[āhāra|食]]の[[nirodha|滅]]により[[nirodhadhamma|滅法]]である』と[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]をもって見る者には、”[[vicikicchā|迷い]]”それは[[pahāna|断]]じられるか?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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-「かくして比丘たちよ、『これが[[bhava|存在]]する』と、君たちには、ここにも[[vicikicchā|い]]はないか?」と。\\+「かくして比丘たちよ、『これが[[bhava|存在]]する』と、君たちには、ここにも[[vicikicchā|い]]はないか?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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-「かくして比丘たちよ、『それは[[āhāra|食]]による[[sambhava|生成]]である』と、君たちには、ここにも[[vicikicchā|い]]はないか?」と。\\+「かくして比丘たちよ、『それは[[āhāra|食]]による[[sambhava|生成]]である』と、君たちには、ここにも[[vicikicchā|い]]はないか?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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-「かくして比丘たちよ『およそ[[bhava|存在]]するもの、それはその[[āhāra|食]]の[[nirodha|滅]]により[[nirodhadhamma|滅法]]である』と君たちには、ここにも[[vicikicchā|い]]はないか?」と。\\+「かくして比丘たちよ『およそ[[bhava|存在]]するもの、それはその[[āhāra|食]]の[[nirodha|滅]]により[[nirodhadhamma|滅法]]である』と君たちには、ここにも[[vicikicchā|い]]はないか?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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 「比丘たちよ、『これが[[bhava|存在]]する』と、[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]をもってよく見られたか?」と。\\ 「比丘たちよ、『これが[[bhava|存在]]する』と、[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]をもってよく見られたか?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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 「比丘たちよ、『それは[[āhāra|食]]による[[sambhava|生成]]である』と、[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]をもってよく見られたか?」と。\\ 「比丘たちよ、『それは[[āhāra|食]]による[[sambhava|生成]]である』と、[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]をもってよく見られたか?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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 「比丘たちよ、『およそ[[bhava|存在]]するもの、それはその[[āhāra|食]]の[[nirodha|滅]]により[[nirodhadhamma|滅法]]である』と[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]をもってよく見られたか?」と。\\ 「比丘たちよ、『およそ[[bhava|存在]]するもの、それはその[[āhāra|食]]の[[nirodha|滅]]により[[nirodhadhamma|滅法]]である』と[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]をもってよく見られたか?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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-「もし君たちがこのように[[parisuddha|遍浄]]・[[pariyodāta|白]]なこの[[diṭṭhi|見]]に粘着し、愛玩し、欲しがり、わが物となすならば、比丘たちよ、いったい君たちは、把持のためでなく渡るために私が説いた『[[mn22_2#a|筏のたとえ]]』[[dhamma|教法]]を[[pajānāti|了知]]できるだろうか?」と。\\+「もし君たちがこのように[[parisuddha|遍浄]]・[[pariyodāta|白]]なこの[[diṭṭhi|見]]に粘着し、愛玩し、欲しがり、わが物となすならば、比丘たちよ、いったい君たちは、把持のためでなく渡るために私が説いた『[[mn22_2#a|筏のたとえ]]』[[dhamma|教法]]を[[pajānāti|了知]]できるだろうか?」と。\\
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 「いいえ、尊者よ。」\\ 「いいえ、尊者よ。」\\
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-「もし君たちがこのように[[parisuddha|遍浄]]・[[pariyodāta|白]]なこの[[diṭṭhi|見]]に粘着せず、愛玩せず、欲しがらず、わが物となさないならば、比丘たちよ、いったい君たちは、把持のためでなく渡るために私が説いた『[[mn22_2#a|筏のたとえ]]』[[dhamma|教法]]を[[pajānāti|了知]]できるだろうか?」と。\\+「もし君たちがこのように[[parisuddha|遍浄]]・[[pariyodāta|白]]なこの[[diṭṭhi|見]]に粘着せず、愛玩せず、欲しがらず、わが物となさないならば、比丘たちよ、いったい君たちは、把持のためでなく渡るために私が説いた『[[mn22_2#a|筏のたとえ]]』[[dhamma|教法]]を[[pajānāti|了知]]できるだろうか?」と。\\
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-「そうです、尊者よ」と。\\+「そうです、尊者よ」と。\\
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mn38_2.1683952714.txt.gz · 最終更新: by h1roemon