mn39_3
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| - | 彼はそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|澄みわた]]り[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、[[citta|心]]を[[pubbenivāsānussatiñāṇa|宿命智]]に向けさせる。\\ | + | 彼はそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|清白]]で[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、[[citta|心]]を[[pubbenivāsānussatiñāṇa|宿命智]]に向けさせる。\\ |
| - | 彼は種々の過去世の暮らしを[[anussarati|追憶]]する。すなわち、\\ | + | 彼は種々の過去の暮らしを[[anussarati|追憶]]する。すなわち、\\ |
| 一[[jāti|生]]も、二[[jāti|生]]も … 中略 …\\ | 一[[jāti|生]]も、二[[jāti|生]]も … 中略 …\\ | ||
| - | このように具体的かつ詳細な、種々の過去世の暮らしを[[anussarati|追憶]]する。\\ | + | このように具体的かつ詳細な、種々の過去の暮らしを[[anussarati|追憶]]する。\\ |
| たとえば比丘たちよ、(ある)男が自分の村から他の村へ行き、またその村から他の村へ行く。彼はその村から自分の村に戻って来るとしよう。\\ | たとえば比丘たちよ、(ある)男が自分の村から他の村へ行き、またその村から他の村へ行く。彼はその村から自分の村に戻って来るとしよう。\\ | ||
| 彼には、このような(思いが)あるだろう。\\ | 彼には、このような(思いが)あるだろう。\\ | ||
| 行 13: | 行 13: | ||
| また、その村からあの村へ行った。そこでこのように立ち止まり、このように座り、このように語り、このように黙っていた。\\ | また、その村からあの村へ行った。そこでこのように立ち止まり、このように座り、このように語り、このように黙っていた。\\ | ||
| その(私は)あの村から自分の村に戻った』と。\\ | その(私は)あの村から自分の村に戻った』と。\\ | ||
| - | まさにそのように比丘たちよ、比丘は種々の過去世の暮らしを[[anussarati|追憶]]する。すなわち、\\ | + | まさにそのように比丘たちよ、比丘は種々の過去の暮らしを[[anussarati|追憶]]する。すなわち、\\ |
| 一[[jāti|生]]も、二[[jāti|生]]も … 中略 …\\ | 一[[jāti|生]]も、二[[jāti|生]]も … 中略 …\\ | ||
| - | このように具体的かつ詳細な、種々の過去世の暮らしを[[anussarati|追憶]]する。\\ | + | このように具体的かつ詳細な、種々の過去の暮らしを[[anussarati|追憶]]する。\\ |
| - | 彼はそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|澄みわた]]り[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、[[citta|心]]を[[sattānaṃ cutūpapātañāṇa|有情死生智]]に向けさせる。\\ | + | 彼はそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|清白]]で[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、[[citta|心]]を[[sattānaṃ cutūpapātañāṇa|有情死生智]]に向けさせる。\\ |
| - | 彼はこのように人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]し[[upapajjati|再生]]する[[satta|衆生]]を見て、[[kamma|業]]に従い、劣った、優れた、美しい、醜い、幸福な、不幸な(境遇)に行く[[satta|衆生]]を[[pajānāti|了知]]する。 …中略…\\ | + | 彼はこのように人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]してゆく[[satta|衆生]]、[[upapajjati|再生]]してゆく[[satta|衆生]]を見て、[[kamma|業]]に従い、劣った、優れた、美しい、醜い、幸福な、不幸な(境遇)に行く[[satta|衆生]]を[[pajānāti|了知]]する。 …中略…\\ |
| たとえば比丘たちよ、[[dvāra|門]]の二つある家屋があるとしよう。\\ | たとえば比丘たちよ、[[dvāra|門]]の二つある家屋があるとしよう。\\ | ||
| そこの中央に立ち[[samatha|止]]まった[[cakkhu|眼]]ある男は、家に入ったり、出たり、遊歩したり、巡り歩く人々を見るだろう。\\ | そこの中央に立ち[[samatha|止]]まった[[cakkhu|眼]]ある男は、家に入ったり、出たり、遊歩したり、巡り歩く人々を見るだろう。\\ | ||
| - | まさにそのように比丘たちよ、比丘はこのように人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]し[[upapajjati|再生]]する[[satta|衆生]]を見て、[[kamma|業]]に従い、劣った、優れた、美しい、醜い、幸福な、不幸な(境遇)に行く[[satta|衆生]]を[[pajānāti|了知]]する。 …中略…\\ | + | まさにそのように比丘たちよ、比丘はこのように人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]してゆく[[satta|衆生]]、[[upapajjati|再生]]してゆく[[satta|衆生]]を見て、[[kamma|業]]に従い、劣った、優れた、美しい、醜い、幸福な、不幸な(境遇)に行く[[satta|衆生]]を[[pajānāti|了知]]する。 …中略…\\ |
| - | 彼はそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|澄みわた]]り[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、[[citta|心]]を[[āsavakkhayañāṇa|漏尽智]]に向けさせる。\\ | + | 彼はそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|清白]]で[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、[[citta|心]]を[[āsavakkhayañāṇa|漏尽智]]に向けさせる。\\ |
| 彼は『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[samudaya|集起]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]に至る[[paṭipadā|行道]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]する。\\ | 彼は『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[samudaya|集起]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]に至る[[paṭipadā|行道]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]する。\\ | ||
| \\ | \\ | ||
| 行 66: | 行 66: | ||
| 彼には[[saṃkilissati|汚染]]ある、[[punabbhava|再有]]へ導く、[[dara|不安]]ある、[[dukkha|苦]]の果報ある、将来に[[jāti|生]]・[[jarā|老]]・[[maraṇa|死]]ある[[pāpa|悪しき]][[akusala|不善]][[dhamma|諸法]]が遠く離れている。\\ | 彼には[[saṃkilissati|汚染]]ある、[[punabbhava|再有]]へ導く、[[dara|不安]]ある、[[dukkha|苦]]の果報ある、将来に[[jāti|生]]・[[jarā|老]]・[[maraṇa|死]]ある[[pāpa|悪しき]][[akusala|不善]][[dhamma|諸法]]が遠く離れている。\\ | ||
| 比丘たちよ、このように比丘は[[arahant|阿羅漢]]となる」と。\\ | 比丘たちよ、このように比丘は[[arahant|阿羅漢]]となる」と。\\ | ||
| - | 世尊はこうおっしゃった。\\ | + | 世尊はこう言われた。\\ |
| 意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | 意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | ||
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mn39_3.1766536587.txt.gz · 最終更新: by h1roemon
