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| たとえば比丘たちよ、毒のある苦瓜がある。\\ | たとえば比丘たちよ、毒のある苦瓜がある。\\ | ||
| - | そこに[[jīvita|生きる]]ことを[[kāma|欲し]]、[[maraṇa|死]]なないことを[[kāma|欲し]]、[[sukha|楽]]を[[kāma|欲し]]、[[dukkha|苦]]を[[paṭikūla|厭逆]]する人が近づく。\\ | + | そこに[[jīvita|生きる]]ことを[[kāma|欲し]]、[[maraṇa|死]]なないことを[[kāma|欲し]]、[[sukha|楽]]を[[kāma|欲し]]、[[dukkha|苦]]に[[paṭikūla|厭意]]ある者が近づく。\\ |
| すると人々は彼にこう言う、\\ | すると人々は彼にこう言う、\\ | ||
| 『おい男よ、この苦瓜には毒がある。もし望むなら飲め。\\ | 『おい男よ、この苦瓜には毒がある。もし望むなら飲め。\\ | ||
| 行 82: | 行 82: | ||
| またたとえば比丘たちよ、色彩よく[[gandha|香り]]よく[[rasa|味]]のよい銅杯があるとしよう。\\ | またたとえば比丘たちよ、色彩よく[[gandha|香り]]よく[[rasa|味]]のよい銅杯があるとしよう。\\ | ||
| しかしそれには毒が混じっている。\\ | しかしそれには毒が混じっている。\\ | ||
| - | そこに[[jīvita|生きる]]ことを[[kāma|欲し]]、[[maraṇa|死]]なないことを[[kāma|欲し]]、[[sukha|楽]]を[[kāma|欲し]]、[[dukkha|苦]]を[[paṭikūla|厭逆]]する人が近づく。\\ | + | そこに[[jīvita|生きる]]ことを[[kāma|欲し]]、[[maraṇa|死]]なないことを[[kāma|欲し]]、[[sukha|楽]]を[[kāma|欲し]]、[[dukkha|苦]]に[[paṭikūla|厭意]]ある者が近づく。\\ |
| すると人々は彼にこう言う、\\ | すると人々は彼にこう言う、\\ | ||
| 『おい男よ、これは色彩よく[[gandha|香り]]よく[[rasa|味]]のよい銅杯だ。\\ | 『おい男よ、これは色彩よく[[gandha|香り]]よく[[rasa|味]]のよい銅杯だ。\\ | ||
| 行 114: | 行 114: | ||
| まさにそのように比丘たちよ、およそこの現在にも[[sukha|楽]]あり、未来にも[[sukha|楽]]の[[vipāka|果報]]ある[[dhamma|法]]の[[samādiyati|受持]]。それは他の沙門・婆羅門たちの種々の[[parappavāda|異説]]を撃破して照り、熱し、光り輝く。\\ | まさにそのように比丘たちよ、およそこの現在にも[[sukha|楽]]あり、未来にも[[sukha|楽]]の[[vipāka|果報]]ある[[dhamma|法]]の[[samādiyati|受持]]。それは他の沙門・婆羅門たちの種々の[[parappavāda|異説]]を撃破して照り、熱し、光り輝く。\\ | ||
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| - | 世尊はこうおっしゃった。\\ | + | 世尊はこう言われた。\\ |
| 意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | 意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | ||
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