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| 「尊者よ、たとえいかに世尊がそのように言ったとしても、しかし悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、まさに[[kāya|身]]罰がより大きな有罪であり、[[vācā|語]]罰はそうではなく、[[mano|意]]罰はそうではないのです」と。\\ | 「尊者よ、たとえいかに世尊がそのように言ったとしても、しかし悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、まさに[[kāya|身]]罰がより大きな有罪であり、[[vācā|語]]罰はそうではなく、[[mano|意]]罰はそうではないのです」と。\\ | ||
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| - | 「[[gahapati|居士]]よ、これをどう[[maññita|思う]]だろう。ここにニガンタ・ナータプッタは四つの[[yāma|禁制]]の[[saṃvara|防護]]により[[saṃvara|防護]]されている。(すなわち)一切が[[āpo|水]]から妨げられ、一切が[[āpo|水]]に[[yoga|専念]]され、一切が[[āpo|水]]から一掃され、一切が[[āpo|水]]からゆきわたる。((当時のジャイナ教の意味不明な[[yāma|禁制]]。注釈によると、最初の句が冷[[āpo|水]]を飲まないことだそうです。))\\ | + | 「[[gahapati|居士]]よ、これをどう[[maññita|思う]]だろう。ここにニガンタ・ナータプッタは四つの[[yāma|禁制]]の[[saṃvara|防護]]により[[saṃvara|防護]]されている。(すなわち)一切が[[āpo|水]]から妨げられ、一切が[[āpo|水]]に[[yoga|専念]]され、一切が[[āpo|水]]から一掃され、一切が[[āpo|水]]から行き渡る。((当時のジャイナ教の意味不明な[[yāma|禁制]]。注釈によると、最初の句が冷[[āpo|水]]を飲まないことだそうです。))\\ |
| 彼は前進しつつ、後退しつつ、多くの小さい[[pāṇa|生命]]の殺害に陥る。\\ | 彼は前進しつつ、後退しつつ、多くの小さい[[pāṇa|生命]]の殺害に陥る。\\ | ||
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| 行 59: | 行 59: | ||
| 「[[gahapati|居士]]よ、これをどう[[maññita|思う]]だろうか。そこに、剣を引き抜いた男が来るとする。\\ | 「[[gahapati|居士]]よ、これをどう[[maññita|思う]]だろうか。そこに、剣を引き抜いた男が来るとする。\\ | ||
| 彼はこのように言う、\\ | 彼はこのように言う、\\ | ||
| - | 『おれはこのナーランダーにいる限りの[[pāṇa|生き物]]、それらを一刹那、一瞬で、ひとつの[[āmisa|肉]][[khandha|塊]]、[[āmisa|肉]]のひと山になそう。』と。\\ | + | 『おれはこのナーランダーにいる限りの[[pāṇa|生き物]]、それらを一刹那、一瞬で、ひとつの[[āmisa|肉]][[khandha|塊]]、[[āmisa|肉]]のひと山になそう』と。\\ |
| [[gahapati|居士]]よ、これをどう[[maññita|思う]]だろうか。いったいその男はこのナーランダーにいる限りの[[pāṇa|生き物]]、それらを一刹那、一瞬で、ひとつの[[āmisa|肉]][[khandha|塊]]、[[āmisa|肉]]のひと山になすことはできるだろうか?」と。\\ | [[gahapati|居士]]よ、これをどう[[maññita|思う]]だろうか。いったいその男はこのナーランダーにいる限りの[[pāṇa|生き物]]、それらを一刹那、一瞬で、ひとつの[[āmisa|肉]][[khandha|塊]]、[[āmisa|肉]]のひと山になすことはできるだろうか?」と。\\ | ||
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| 行 68: | 行 68: | ||
| 「[[gahapati|居士]]よ、これをどう[[maññita|思う]]だろうか。そこに神通ある、[[citta|心]]の[[vasa|自在]]を得た沙門あるいは婆羅門が来るとする。\\ | 「[[gahapati|居士]]よ、これをどう[[maññita|思う]]だろうか。そこに神通ある、[[citta|心]]の[[vasa|自在]]を得た沙門あるいは婆羅門が来るとする。\\ | ||
| 彼はこのように言う、\\ | 彼はこのように言う、\\ | ||
| - | 『わたしはこのナーランダーを、ひとつの[[padussati|憎悪]]の[[mano|意]]により、灰となそう。』と。\\ | + | 『わたしはこのナーランダーを、ひとつの[[padussati|憎悪]]の[[mano|意]]により、灰となそう』と。\\ |
| 「[[gahapati|居士]]よ、これをどう[[maññita|思う]]だろうか。いったいその神通ある、[[citta|心]]の[[vasa|自在]]を得た沙門あるいは婆羅門は、このナーランダーを、ひとつの[[padussati|憎悪]]の[[mano|意]]により、灰となすことはできるだろうか?」と。\\ | 「[[gahapati|居士]]よ、これをどう[[maññita|思う]]だろうか。いったいその神通ある、[[citta|心]]の[[vasa|自在]]を得た沙門あるいは婆羅門は、このナーランダーを、ひとつの[[padussati|憎悪]]の[[mano|意]]により、灰となすことはできるだろうか?」と。\\ | ||
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| 行 81: | 行 81: | ||
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| 「尊者よ、たとえいかに世尊がそのように言ったとしても、しかし悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、まさに[[kāya|身]]罰がより大きな有罪であり、[[vācā|語]]罰はそうではなく、[[mano|意]]罰はそうではないのです」と。\\ | 「尊者よ、たとえいかに世尊がそのように言ったとしても、しかし悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、まさに[[kāya|身]]罰がより大きな有罪であり、[[vācā|語]]罰はそうではなく、[[mano|意]]罰はそうではないのです」と。\\ | ||
| - | 「[[gahapati|居士]]よ、これをどう[[maññita|思う]]だろうか。君はダンダキー林、カーリンガ林、マッジャ林、マータンガ林といった林が(かつて町だったのに)、林野となったと聞いた事があるか?」と。\\ | + | 「[[gahapati|居士]]よ、これをどう[[maññita|思う]]だろうか。君はダンダキー林、カーリンガ林、マッジャ林、マータンガ林といった林が(かつて町だったのに)、林野となったと聞いたことがあるか?」と。\\ |
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| 「はい尊者よ、私はダンダキー林、カーリンガ林、マッジャ林、マータンガ林といった林が(かつて町だったのに)、林野となったと聞きました」と。\\ | 「はい尊者よ、私はダンダキー林、カーリンガ林、マッジャ林、マータンガ林といった林が(かつて町だったのに)、林野となったと聞きました」と。\\ | ||
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mn56_3.1753563320.txt.gz · 最終更新: by h1roemon
