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行 5: 行 5:
 「マールキャプッタよ、およそ次のように言う者、\\ 「マールキャプッタよ、およそ次のように言う者、\\
  ”尊者よ、私は世尊のもとで[[brahmacariya|梵行]]をなしません、世尊が私に\\  ”尊者よ、私は世尊のもとで[[brahmacariya|梵行]]をなしません、世尊が私に\\
-『[[loka|世界]]は[[sassata|永遠]]である』、『[[loka|世界]]は[[sassata|永遠]]でない』、…中略…\\+『[[loka|世界]]は[[sassata|永遠]]である』とか、『[[loka|世界]]は[[sassata|永遠]]でない』とか、…中略…\\
 『[[tathāgata|如来]]は死後に存在するのでもなく、存在しないのでもない。』等々と[[byākata|解答]]されない限り”と。マールキャプッタよ、[[tathāgata|如来]]によってそれが[[byākata|解答]]されないならば、その場合、その者は[[kālamkaroti|最期を迎え]]るだろう。\\ 『[[tathāgata|如来]]は死後に存在するのでもなく、存在しないのでもない。』等々と[[byākata|解答]]されない限り”と。マールキャプッタよ、[[tathāgata|如来]]によってそれが[[byākata|解答]]されないならば、その場合、その者は[[kālamkaroti|最期を迎え]]るだろう。\\
  たとえばマールキャプッタよ、毒の厚く塗布された[[salla|矢]]に射抜かれた男がいるとしよう。\\  たとえばマールキャプッタよ、毒の厚く塗布された[[salla|矢]]に射抜かれた男がいるとしよう。\\
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  ”尊者よ、私は世尊のもとで[[brahmacariya|梵行]]をなしません、世尊が私に、\\  ”尊者よ、私は世尊のもとで[[brahmacariya|梵行]]をなしません、世尊が私に、\\
 \\ \\
-『[[loka|世界]]は[[sassata|永遠]]である』、『[[loka|世界]]は[[sassata|永遠]]でない』、…中略…\\+『[[loka|世界]]は[[sassata|永遠]]である』とか、『[[loka|世界]]は[[sassata|永遠]]でない』とか、…中略…\\
 『[[tathāgata|如来]]は死後に存在するのでもなく、存在しないのでもない。』等々と解答されない限り” と。\\ 『[[tathāgata|如来]]は死後に存在するのでもなく、存在しないのでもない。』等々と解答されない限り” と。\\
  マールキャプッタよ、[[tathāgata|如来]]によってそれが[[byākata|解答]]されないならば、その場合、その者は[[kālamkaroti|最期を迎え]]るだろう。\\  マールキャプッタよ、[[tathāgata|如来]]によってそれが[[byākata|解答]]されないならば、その場合、その者は[[kālamkaroti|最期を迎え]]るだろう。\\
行 46: 行 46:
  およそ私がそれらについて[[diṭṭhadhamma|現法]]における破壊を[[paññāpeti|告知]]するところの生があり、老があり、[[maraṇa|死]]があり、[[soka|悲]]・悲嘆・苦・憂・悩がある。\\  およそ私がそれらについて[[diṭṭhadhamma|現法]]における破壊を[[paññāpeti|告知]]するところの生があり、老があり、[[maraṇa|死]]があり、[[soka|悲]]・悲嘆・苦・憂・悩がある。\\
  \\  \\
- マールキャプッタよ、【『[[jīva|命]]と[[sarīra|体]]は同一』との[[diṭṭhi|見]]があるなら[[brahmacariyavāsa|梵行住]]がある】と、そういうことではない。マールキャプッタよ、【『[[jīva|命]]と[[sarīra|体]]は異なる』との[[diṭṭhi|見]]があるなら[[brahmacariyavāsa|梵行住]]がある】とそういうことではない。マールキャプッタよ、『[[jīva|命]]と[[sarīra|体]]は同一』との[[diṭṭhi|見]]があろうと、『[[jīva|命]]と[[sarīra|体]]は異なる』との[[diṭṭhi|見]]があろうと、\\+ マールキャプッタよ、【『[[jīva|命]]と[[sarīra|体]]は同一である』との[[diṭṭhi|見]]があるなら[[brahmacariyavāsa|梵行住]]がある】と、そういうことではない。マールキャプッタよ、【『[[jīva|命]]と[[sarīra|体]]は異なる』との[[diṭṭhi|見]]があるなら[[brahmacariyavāsa|梵行住]]がある】とそういうことではない。マールキャプッタよ、『[[jīva|命]]と[[sarīra|体]]は同一である』との[[diṭṭhi|見]]があろうと、『[[jīva|命]]と[[sarīra|体]]は異なる』との[[diṭṭhi|見]]があろうと、\\
  およそ私がそれらについて[[diṭṭhadhamma|現法]]における破壊を[[paññāpeti|告知]]するところの生があり、老があり、[[maraṇa|死]]があり、[[soka|悲]]・悲嘆・苦・憂・悩がある。\\  およそ私がそれらについて[[diṭṭhadhamma|現法]]における破壊を[[paññāpeti|告知]]するところの生があり、老があり、[[maraṇa|死]]があり、[[soka|悲]]・悲嘆・苦・憂・悩がある。\\
  \\  \\
行 88: 行 88:
  私により[[byākata|明言]]されない。\\  私により[[byākata|明言]]されない。\\
  ではマールキャプッタよ、これがなぜ私により[[byākata|明言]]されないのか?\\  ではマールキャプッタよ、これがなぜ私により[[byākata|明言]]されないのか?\\
- なぜならマールキャプッタよ、これは[[attha|利益]]を伴わず、[[brahmacariya|梵行]]の第一ではなく、[[nibbindati|厭離]]、[[virāga|離貪]]、[[nirodha|滅]]、[[upasama|静寂]]、[[abhijānāti|証知]]、[[sambodhi|等覚]]、[[nibbāna|涅槃]]へ転じないから。\\+ なぜならマールキャプッタよ、これは[[attha|利益]]を伴わず、[[brahmacariya|梵行]]の起点ではなく、[[nibbindati|厭離]]、[[virāga|離貪]]、[[nirodha|滅]]、[[upasama|静寂]]、[[abhijānāti|証知]]、[[sambodhi|等覚]]、[[nibbāna|涅槃]]へ転じないから。\\
 \\ \\
  それゆえそれは私により[[byākata|明言]]されない。\\  それゆえそれは私により[[byākata|明言]]されない。\\
行 105: 行 105:
  私により[[byākata|明言]]された。\\  私により[[byākata|明言]]された。\\
  ではマールキャプッタよ、これがなぜ私により[[byākata|明言]]されたのか?\\  ではマールキャプッタよ、これがなぜ私により[[byākata|明言]]されたのか?\\
- なぜならマールキャプッタよ、これは[[attha|利益]]にかなうもの、これは[[brahmacariya|梵行]]の第一であり、[[nibbindati|厭離]]、[[virāga|離貪]]、[[nirodha|滅]]、[[upasama|静寂]]、[[abhijānāti|証知]]、[[sambodhi|等覚]]、[[nibbāna|涅槃]]へと転じるから。\\+ なぜならマールキャプッタよ、これは[[attha|利益]]にかなうもの、これは[[brahmacariya|梵行]]の起点であり、[[nibbindati|厭離]]、[[virāga|離貪]]、[[nirodha|滅]]、[[upasama|静寂]]、[[abhijānāti|証知]]、[[sambodhi|等覚]]、[[nibbāna|涅槃]]へと転じるから。\\
  それゆえそれは私により[[byākata|明言]]された。\\  それゆえそれは私により[[byākata|明言]]された。\\
  それゆえここにマールキャプッタよ、私により[[byākata|明言]]されなかったことを、[[byākata|解答]]されない(無記)と、君たちは[[dhāreti|保持]]しなさい。\\  それゆえここにマールキャプッタよ、私により[[byākata|明言]]されなかったことを、[[byākata|解答]]されない(無記)と、君たちは[[dhāreti|保持]]しなさい。\\
mn63_2.1767652012.txt.gz · 最終更新: by h1roemon