mn65_4
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| 「バッダーリよ、その[[hetu|因]]、その[[paccaya|縁]]だけではない。\\ | 「バッダーリよ、その[[hetu|因]]、その[[paccaya|縁]]だけではない。\\ | ||
| そしてまたバッダーリよ、君は長きにわたり、私の[[citta|心]]によって[[citta|心]]を巡らせて知られている。\\ | そしてまたバッダーリよ、君は長きにわたり、私の[[citta|心]]によって[[citta|心]]を巡らせて知られている。\\ | ||
| - | 『この愚か者は私により示される[[dhamma|法]]について[[aṭṭhikatvā|骨をしっかりとな]]そうと[[manasikāra|作意]]して、一心に集中し[[sota|耳]]を傾けて[[dhamma|法]]を聞くことがない』と。\\ | + | 『この愚か者は私により示される[[dhamma|法]]について[[aṭṭhikatvā|骨をしっかりさ]]せて[[manasikāra|作意]]して、一心に集中し[[sota|耳]]を傾けて[[dhamma|法]]を聞くことがない』と。\\ |
| それでもバッダーリよ、私は君に若い駿馬のたとえの[[dhamma|法]][[pariyāya|理]]を示します。\\ | それでもバッダーリよ、私は君に若い駿馬のたとえの[[dhamma|法]][[pariyāya|理]]を示します。\\ | ||
| それを聞き、よく[[manasikāra|作意]]しなさい。\\ | それを聞き、よく[[manasikāra|作意]]しなさい。\\ | ||
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| 「はい、尊者よ」とバッダーリ尊者は世尊に応えた。\\ | 「はい、尊者よ」とバッダーリ尊者は世尊に応えた。\\ | ||
| - | 世尊はこうおっしゃった。\\ | + | 世尊はこう言われた。\\ |
| たとえばバッダーリよ、巧みな馬の[[dammati|調御]]者は、[[bhadda|幸運]]な良種の馬を得るとまず最初に、くつわで懲らしめる。\\ | たとえばバッダーリよ、巧みな馬の[[dammati|調御]]者は、[[bhadda|幸運]]な良種の馬を得るとまず最初に、くつわで懲らしめる。\\ | ||
| かつてその懲らしめがなされなかった(馬が)なされる通例として、くつわで懲らしめられるその(馬)にはのたうち、歪み、もだえ、何だかんだがある。\\ | かつてその懲らしめがなされなかった(馬が)なされる通例として、くつわで懲らしめられるその(馬)にはのたうち、歪み、もだえ、何だかんだがある。\\ | ||
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| バッダーリよ、これらの十[[dhamma|法]]を具えた比丘は[[āhuneyya|食を供されるべき]]、[[pāhuneyya|客としてもてなされるべき]]、[[dakkhiṇeyya|供養されるべき]]、[[añjalikaraṇīya|合掌されるべき]]、[[loka|世間]]の無上の[[puññakkhetta|福田]]である」と。\\ | バッダーリよ、これらの十[[dhamma|法]]を具えた比丘は[[āhuneyya|食を供されるべき]]、[[pāhuneyya|客としてもてなされるべき]]、[[dakkhiṇeyya|供養されるべき]]、[[añjalikaraṇīya|合掌されるべき]]、[[loka|世間]]の無上の[[puññakkhetta|福田]]である」と。\\ | ||
| - | 世尊はこうおっしゃった。\\ | + | 世尊はこう言われた。\\ |
| 意に適ったバッダーリ尊者は、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | 意に適ったバッダーリ尊者は、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | ||
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mn65_4.1760870331.txt.gz · 最終更新: by h1roemon
