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| そして世尊は比丘たちに呼びかけられた。\\ | そして世尊は比丘たちに呼びかけられた。\\ | ||
| 「比丘たちよ、水(中)に下りるとき、これら四つの[[bhaya|恐怖]]が[[pāṭikaṅkha|予期]]されるべきである。\\ | 「比丘たちよ、水(中)に下りるとき、これら四つの[[bhaya|恐怖]]が[[pāṭikaṅkha|予期]]されるべきである。\\ | ||
| - | いかなる四つか?\\ | + | 四とは何か?\\ |
| 波の[[bhaya|恐怖]]、ワニの[[bhaya|恐怖]]、渦巻の[[bhaya|恐怖]]、サメの[[bhaya|恐怖]]である。\\ | 波の[[bhaya|恐怖]]、ワニの[[bhaya|恐怖]]、渦巻の[[bhaya|恐怖]]、サメの[[bhaya|恐怖]]である。\\ | ||
| 比丘たちよ、これら四つの[[bhaya|恐怖]]が、水(中)に下りるとき、[[pāṭikaṅkha|予期]]されるべきである。\\ | 比丘たちよ、これら四つの[[bhaya|恐怖]]が、水(中)に下りるとき、[[pāṭikaṅkha|予期]]されるべきである。\\ | ||
| まさにそのように比丘たちよ、ここに、ある者がこの[[dhammavinaya|法と律]]において俗屋から家なき者へと出家するとき、これら四つの[[bhaya|恐怖]]が[[pāṭikaṅkha|予期]]されるべきである。\\ | まさにそのように比丘たちよ、ここに、ある者がこの[[dhammavinaya|法と律]]において俗屋から家なき者へと出家するとき、これら四つの[[bhaya|恐怖]]が[[pāṭikaṅkha|予期]]されるべきである。\\ | ||
| - | いかなる四つか?\\ | + | 四とは何か?\\ |
| 波の[[bhaya|恐怖]]、ワニの[[bhaya|恐怖]]、渦巻の[[bhaya|恐怖]]、サメの[[bhaya|恐怖]]である。\\ | 波の[[bhaya|恐怖]]、ワニの[[bhaya|恐怖]]、渦巻の[[bhaya|恐怖]]、サメの[[bhaya|恐怖]]である。\\ | ||
| それでは比丘たちよ、波の[[bhaya|恐怖]]とは何か?\\ | それでは比丘たちよ、波の[[bhaya|恐怖]]とは何か?\\ | ||
| 行 68: | 行 68: | ||
| きっとこの[[kevala|全て]]の[[dukkhakkhandha|苦蘊]]の[[antakiriyā|終了]]が[[paññāyati|知られ]]るであろう』と。\\ | きっとこの[[kevala|全て]]の[[dukkhakkhandha|苦蘊]]の[[antakiriyā|終了]]が[[paññāyati|知られ]]るであろう』と。\\ | ||
| \\ | \\ | ||
| - | そのように出家者となる彼は、午前に内衣を着て、鉢と衣を持って村や町に[[piṇḍa|托鉢]]に入る。\\ | + | そのように出家者となる彼は、午前に着衣して、鉢と衣を持って村や町に[[piṇḍa|托鉢]]に入る。\\ |
| [[kāya|身]]によっても守られず、[[vācā|言葉]]によっても守られず、[[sati|念]]も[[upaṭṭhāti|現前]]せず、[[indriya|諸根]]が[[saṃvara|防護]]されない彼は、そこで、[[gahapati|居士]]、あるいは[[gahapati|居士]]の子が[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、恵まれ、楽しむのを見る。\\ | [[kāya|身]]によっても守られず、[[vācā|言葉]]によっても守られず、[[sati|念]]も[[upaṭṭhāti|現前]]せず、[[indriya|諸根]]が[[saṃvara|防護]]されない彼は、そこで、[[gahapati|居士]]、あるいは[[gahapati|居士]]の子が[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、恵まれ、楽しむのを見る。\\ | ||
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| 行 86: | 行 86: | ||
| きっとこの[[kevala|全て]]の[[dukkhakkhandha|苦蘊]]の[[antakiriyā|終了]]が[[paññāyati|知られ]]るであろう』と。\\ | きっとこの[[kevala|全て]]の[[dukkhakkhandha|苦蘊]]の[[antakiriyā|終了]]が[[paññāyati|知られ]]るであろう』と。\\ | ||
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| - | そのように出家者となる彼は、午前に内衣を着て、鉢と衣を持って村や町に[[piṇḍa|托鉢]]に入る。\\ | + | そのように出家者となる彼は、午前に着衣して、鉢と衣を持って村や町に[[piṇḍa|托鉢]]に入る。\\ |
| [[kāya|身]]によっても守られず、[[vācā|言葉]]によっても守られず、[[sati|念]]も[[upaṭṭhāti|現前]]せず、[[indriya|諸根]]が[[saṃvara|防護]]されない彼は、そこで、だらしなく着衣し、だらしなく[[kāya|身]]をまとった女性を見る。\\ | [[kāya|身]]によっても守られず、[[vācā|言葉]]によっても守られず、[[sati|念]]も[[upaṭṭhāti|現前]]せず、[[indriya|諸根]]が[[saṃvara|防護]]されない彼は、そこで、だらしなく着衣し、だらしなく[[kāya|身]]をまとった女性を見る。\\ | ||
| だらしなく着衣し、だらしなく身をまとった女性を見て、[[rāga|貪]]が彼の[[citta|心]]を堕落させる。\\ | だらしなく着衣し、だらしなく身をまとった女性を見て、[[rāga|貪]]が彼の[[citta|心]]を堕落させる。\\ | ||
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