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- 彼がこの[[kāya|身]]を[[anicca|無常]]、[[dukkha|苦]]、[[roga|病]]、[[gaṇḍa|腫瘍]]、[[salla|矢]]、[[agha|悲痛]]、[[ābādha|患い]]、他者(のもの)、[[paloka|壊敗]]、[[suñña|空]]、[[anattā|無我]]と[[samanupassati|見なす]]とき、およそ[[kāya|身]]における[[kāyika|身の]][[chanda|欲]]、[[kāyika|身の]][[sneha|愛執]]、[[kāyika|身の]][[anvaya|追従]]性。それは[[pahāna|断]]じられる。\\+ 彼がこの[[kāya|身]]を[[anicca|無常]]、[[dukkha|苦]]、[[roga|病]]、[[gaṇḍa|腫瘍]]、[[salla|矢]]、[[agha|悲痛]]、[[ābādha|患い]]、他者(のもの)、[[paloka|壊敗]]、[[suñña|空]]、[[anattā|無我]]と[[samanupassati|見なす]]とき、およそ[[kāya|身]]における[[kāyika|身の]][[chanda|欲]]、[[kāyika|身の]][[sneha|愛執]]、[[kāyika|身の]][[anvaya|随順]]性。それは[[pahāna|断]]じられる。\\
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  アッギヴェッサナよ、これら三種の[[vedanā|受]]がある。\\  アッギヴェッサナよ、これら三種の[[vedanā|受]]がある。\\
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  [[vimutti|解脱]]したとき、[[vimutti|解脱]]したとの[[ñāṇa|智]]がある。\\  [[vimutti|解脱]]したとき、[[vimutti|解脱]]したとの[[ñāṇa|智]]がある。\\
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-『[[jāti|生]]は[[khaya|尽き]]、[[brahmacariya|梵行]]は修められ、なすべきはなされた。二度とこの状態はない』と[[pajānāti|了知]]する。\\+『[[jāti|生]]は[[khaya|尽き]]、[[brahmacariya|梵行]]は修められ、なすべきはなされた。二度とこの状態はない』と[[pajānāti|了知]]する。\\
  アッギヴェッサナよ、このように心解脱した比丘は誰とも同意せず、誰とも言い争わない。そしておよそ[[loka|世間]]で言われる(言葉)、それにより[[parāmasati|執取]]なく表明する」と。\\  アッギヴェッサナよ、このように心解脱した比丘は誰とも同意せず、誰とも言い争わない。そしておよそ[[loka|世間]]で言われる(言葉)、それにより[[parāmasati|執取]]なく表明する」と。\\
  ちょうどその時、サーリプッタ尊者が世尊の背後に立って世尊を扇いでいた。\\  ちょうどその時、サーリプッタ尊者が世尊の背後に立って世尊を扇いでいた。\\
mn74_2.1765014547.txt.gz · 最終更新: by h1roemon