mn75_3
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| - | たとえばマーガンディヤよ、大財産、大資産ある[[gahapati|居士]]あるいは[[gahapati|居士]]の息子が[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、備えて楽しんでいるとしよう。[[cakkhu|眼]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、好みの、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[rūpa|諸色]]によって、 …中略…\\ | + | たとえばマーガンディヤよ、大財産、大資産ある[[gahapati|居士]]あるいは[[gahapati|居士]]の息子が[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、備えて楽しんでいるとしよう。[[cakkhu|眼]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、好みの、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[rūpa|諸色]]によって、 …中略…\\ |
| - | 身により識られる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]によって。\\ | + | 身により識られる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]によって。\\ |
| 彼は[[kāya|身]]により[[sucarita|善行為]]をなして、[[vācā|言葉]]により[[sucarita|善行為]]をなして、[[mano|意]]により[[sucarita|善行為]]をなして、[[kāyika|身の]][[bheda|崩壊]]より死後に[[suggati|善趣]]である天界、[[tāvatiṃsa|三十三天]]の眷属に[[upapajjati|再生]]するとしよう。\\ | 彼は[[kāya|身]]により[[sucarita|善行為]]をなして、[[vācā|言葉]]により[[sucarita|善行為]]をなして、[[mano|意]]により[[sucarita|善行為]]をなして、[[kāyika|身の]][[bheda|崩壊]]より死後に[[suggati|善趣]]である天界、[[tāvatiṃsa|三十三天]]の眷属に[[upapajjati|再生]]するとしよう。\\ | ||
| 彼はそこの歓喜園林で、天女衆に囲まれ天の[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し備えて楽しむ。\\ | 彼はそこの歓喜園林で、天女衆に囲まれ天の[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し備えて楽しむ。\\ | ||
| 行 15: | 行 15: | ||
| 尊者ゴータマよ、人間の[[kāma|諸欲]]より天の[[kāma|諸欲]]は、より素晴らしく、そしてより優れているから」と。\\ | 尊者ゴータマよ、人間の[[kāma|諸欲]]より天の[[kāma|諸欲]]は、より素晴らしく、そしてより優れているから」と。\\ | ||
| \\ | \\ | ||
| - | 「まさにそのようにマーガンディヤよ、私もまた以前に在家者だったとき、[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、備えて楽しんでいた。[[cakkhu|眼]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[rūpa|諸色]]によって、[[sota|耳]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[sadda|諸声]]によって …中略…\\ | + | 「まさにそのようにマーガンディヤよ、私もまた以前に在家者だったとき、[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、備えて楽しんでいた。[[cakkhu|眼]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[rūpa|諸色]]によって、[[sota|耳]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[sadda|諸声]]によって …中略…\\ |
| [[ghāna|鼻]]で[[vijānati|識ら]]れる、 …中略…\\ | [[ghāna|鼻]]で[[vijānati|識ら]]れる、 …中略…\\ | ||
| [[jivha|舌]]で[[vijānati|識ら]]れる、 …中略…\\ | [[jivha|舌]]で[[vijānati|識ら]]れる、 …中略…\\ | ||
| - | [[kāya|身]]により[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]によって。\\ | + | [[kāya|身]]により[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]によって。\\ |
| - | 後に、その私は[[kāma|諸欲]]の[[samudaya|集起]]、[[atthaṅgama|消滅]]、[[assāda|楽味]]、[[ādīnava|危難]]、[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[vidita|見出]]して[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|断]]じて、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]を駆逐し、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住している。\\ | + | 後に、その私は[[kāma|諸欲]]の[[samudaya|集起]]、[[atthaṅgama|消滅]]、[[assāda|楽味]]、[[ādīnava|危難]]、[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[vidita|見出]]して[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|捨て去]]って、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]を駆逐し、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住している。\\ |
| \\ | \\ | ||
| その私は[[kāma|愛欲]]について[[rāga|貪]]を離れない、[[kāmataṇhā|欲愛]]に嚙みつかれた、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]に焼き焦がされた、[[kāma|愛欲]]にふける他の[[satta|衆生]]たちを見ても、その私は彼らを羨まず、そこに[[abhirati|満悦]]しない。\\ | その私は[[kāma|愛欲]]について[[rāga|貪]]を離れない、[[kāmataṇhā|欲愛]]に嚙みつかれた、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]に焼き焦がされた、[[kāma|愛欲]]にふける他の[[satta|衆生]]たちを見ても、その私は彼らを羨まず、そこに[[abhirati|満悦]]しない。\\ | ||
| 行 40: | 行 40: | ||
| なぜなら尊者ゴータマよ、[[roga|病]]があるときは薬によってなされるべきことがあり、[[roga|病]]がないときは薬によってなされるべきことはないから」と。\\ | なぜなら尊者ゴータマよ、[[roga|病]]があるときは薬によってなされるべきことがあり、[[roga|病]]がないときは薬によってなされるべきことはないから」と。\\ | ||
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| - | 「まさにそのようにマーガンディヤよ、私もまた以前に在家者だったとき、[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、備えて楽しんでいた。[[cakkhu|眼]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[rūpa|諸色]]によって、[[sota|耳]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[sadda|諸声]]によって …中略…\\ | + | 「まさにそのようにマーガンディヤよ、私もまた以前に在家者だったとき、[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、備えて楽しんでいた。[[cakkhu|眼]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[rūpa|諸色]]によって、[[sota|耳]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[sadda|諸声]]によって …中略…\\ |
| [[ghāna|鼻]]で[[vijānati|識ら]]れる、 …中略…\\ | [[ghāna|鼻]]で[[vijānati|識ら]]れる、 …中略…\\ | ||
| [[jivha|舌]]で[[vijānati|識ら]]れる、 …中略…\\ | [[jivha|舌]]で[[vijānati|識ら]]れる、 …中略…\\ | ||
| - | [[kāya|身]]により[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]によって。\\ | + | [[kāya|身]]により[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]によって。\\ |
| - | 後に、その私は[[kāma|諸欲]]の[[samudaya|集起]]、[[atthaṅgama|消滅]]、[[assāda|楽味]]、[[ādīnava|危難]]、[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[vidita|見出]]して[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|断]]じて、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]を駆逐し、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住している。\\ | + | 後に、その私は[[kāma|諸欲]]の[[samudaya|集起]]、[[atthaṅgama|消滅]]、[[assāda|楽味]]、[[ādīnava|危難]]、[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[vidita|見出]]して[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|捨て去]]って、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]を駆逐し、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住している。\\ |
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| その私は[[kāma|愛欲]]について[[rāga|貪]]を離れない、[[kāmataṇhā|欲愛]]に嚙みつかれた、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]に焼き焦がされた、[[kāma|愛欲]]にふける他の[[satta|衆生]]たちを見ても、\\ | その私は[[kāma|愛欲]]について[[rāga|貪]]を離れない、[[kāmataṇhā|欲愛]]に嚙みつかれた、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]に焼き焦がされた、[[kāma|愛欲]]にふける他の[[satta|衆生]]たちを見ても、\\ | ||
| 行 89: | 行 89: | ||
| 「マーガンディヤよ、[[sādhu|善きかな]]。\\ | 「マーガンディヤよ、[[sādhu|善きかな]]。\\ | ||
| マーガンディヤよ、[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を具え恵まれ[[rati|愉しみ]]、[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|断]]じることなく[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]を駆逐せずに、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住したか、住している、あるいは住するであろう王や王の大臣、これを、私もまた見たり聞いたことはない。\\ | マーガンディヤよ、[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を具え恵まれ[[rati|愉しみ]]、[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|断]]じることなく[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]を駆逐せずに、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住したか、住している、あるいは住するであろう王や王の大臣、これを、私もまた見たり聞いたことはない。\\ | ||
| - | しかしマーガンディヤよ、沙門、婆羅門の誰であれ、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住したか、住している、あるいは住するであろう者たち、彼らすべては[[kāma|諸欲]]の[[samudaya|集起]]、[[atthaṅgama|消滅]]、[[assāda|楽味]]、[[ādīnava|危難]]、[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[vidita|見出]]して[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|断]]じて、[[kāma|欲]]への熱狂を排除し、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住したか、住している、あるいは住するであろう」と。\\ | + | しかしマーガンディヤよ、沙門、婆羅門の誰であれ、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住したか、住している、あるいは住するであろう者たち、彼らすべては[[kāma|諸欲]]の[[samudaya|集起]]、[[atthaṅgama|消滅]]、[[assāda|楽味]]、[[ādīnava|危難]]、[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[vidita|見出]]して[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|捨て去]]って、[[kāma|欲]]への熱狂を排除し、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住したか、住している、あるいは住するであろう」と。\\ |
| すると世尊はその時、この[[udāna|感興句]]を発せられた。\\ | すると世尊はその時、この[[udāna|感興句]]を発せられた。\\ | ||
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