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- たとえばマーガンディヤよ、大財産、大資産ある[[gahapati|居士]]あるいは[[gahapati|居士]]の息子が[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、備えて楽しんでいるとしよう。[[cakkhu|眼]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、好みの、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[rūpa|諸色]]によって、 …中略…\\ + たとえばマーガンディヤよ、大財産、大資産ある[[gahapati|居士]]あるいは[[gahapati|居士]]の息子が[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、備えて楽しんでいるとしよう。[[cakkhu|眼]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、好みの、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[rūpa|諸色]]によって、 …中略…\\ 
- 身により識られる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]によって。\\+ 身により識られる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]によって。\\
  彼は[[kāya|身]]により[[sucarita|善行為]]をなして、[[vācā|言葉]]により[[sucarita|善行為]]をなして、[[mano|意]]により[[sucarita|善行為]]をなして、[[kāyika|身の]][[bheda|崩壊]]より死後に[[suggati|善趣]]である天界、[[tāvatiṃsa|三十三天]]の眷属に[[upapajjati|再生]]するとしよう。\\  彼は[[kāya|身]]により[[sucarita|善行為]]をなして、[[vācā|言葉]]により[[sucarita|善行為]]をなして、[[mano|意]]により[[sucarita|善行為]]をなして、[[kāyika|身の]][[bheda|崩壊]]より死後に[[suggati|善趣]]である天界、[[tāvatiṃsa|三十三天]]の眷属に[[upapajjati|再生]]するとしよう。\\
  彼はそこの歓喜園林で、天女衆に囲まれ天の[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し備えて楽しむ。\\  彼はそこの歓喜園林で、天女衆に囲まれ天の[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し備えて楽しむ。\\
行 15: 行 15:
  尊者ゴータマよ、人間の[[kāma|諸欲]]より天の[[kāma|諸欲]]は、より素晴らしく、そしてより優れているから」と。\\  尊者ゴータマよ、人間の[[kāma|諸欲]]より天の[[kāma|諸欲]]は、より素晴らしく、そしてより優れているから」と。\\
  \\  \\
-「まさにそのようにマーガンディヤよ、私もまた以前に在家者だったとき、[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、備えて楽しんでいた。[[cakkhu|眼]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[rūpa|諸色]]によって、[[sota|耳]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[sadda|諸声]]によって  …中略…\\+「まさにそのようにマーガンディヤよ、私もまた以前に在家者だったとき、[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、備えて楽しんでいた。[[cakkhu|眼]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[rūpa|諸色]]によって、[[sota|耳]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[sadda|諸声]]によって  …中略…\\
  [[ghāna|鼻]]で[[vijānati|識ら]]れる、  …中略…\\  [[ghāna|鼻]]で[[vijānati|識ら]]れる、  …中略…\\
  [[jivha|舌]]で[[vijānati|識ら]]れる、  …中略…\\  [[jivha|舌]]で[[vijānati|識ら]]れる、  …中略…\\
- [[kāya|身]]により[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]によって。\\ + [[kāya|身]]により[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]によって。\\ 
- 後に、その私は[[kāma|諸欲]]の[[samudaya|集起]]、[[atthaṅgama|消滅]]、[[assāda|楽味]]、[[ādīnava|危難]]、[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[vidita|見出]]して[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|]]て、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]を駆逐し、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住している。\\+ 後に、その私は[[kāma|諸欲]]の[[samudaya|集起]]、[[atthaṅgama|消滅]]、[[assāda|楽味]]、[[ādīnava|危難]]、[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[vidita|見出]]して[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|捨て去]]て、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]を駆逐し、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住している。\\
 \\ \\
  その私は[[kāma|愛欲]]について[[rāga|貪]]を離れない、[[kāmataṇhā|欲愛]]に嚙みつかれた、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]に焼き焦がされた、[[kāma|愛欲]]にふける他の[[satta|衆生]]たちを見ても、その私は彼らを羨まず、そこに[[abhirati|満悦]]しない。\\  その私は[[kāma|愛欲]]について[[rāga|貪]]を離れない、[[kāmataṇhā|欲愛]]に嚙みつかれた、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]に焼き焦がされた、[[kāma|愛欲]]にふける他の[[satta|衆生]]たちを見ても、その私は彼らを羨まず、そこに[[abhirati|満悦]]しない。\\
行 40: 行 40:
  なぜなら尊者ゴータマよ、[[roga|病]]があるときは薬によってなされるべきことがあり、[[roga|病]]がないときは薬によってなされるべきことはないから」と。\\  なぜなら尊者ゴータマよ、[[roga|病]]があるときは薬によってなされるべきことがあり、[[roga|病]]がないときは薬によってなされるべきことはないから」と。\\
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-「まさにそのようにマーガンディヤよ、私もまた以前に在家者だったとき、[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、備えて楽しんでいた。[[cakkhu|眼]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[rūpa|諸色]]によって、[[sota|耳]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[sadda|諸声]]によって  …中略…\\+「まさにそのようにマーガンディヤよ、私もまた以前に在家者だったとき、[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を有し、備えて楽しんでいた。[[cakkhu|眼]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[rūpa|諸色]]によって、[[sota|耳]]で[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[sadda|諸声]]によって  …中略…\\
  [[ghāna|鼻]]で[[vijānati|識ら]]れる、  …中略…\\  [[ghāna|鼻]]で[[vijānati|識ら]]れる、  …中略…\\
  [[jivha|舌]]で[[vijānati|識ら]]れる、  …中略…\\  [[jivha|舌]]で[[vijānati|識ら]]れる、  …中略…\\
- [[kāya|身]]により[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]によって。\\ + [[kāya|身]]により[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]によって。\\ 
- 後に、その私は[[kāma|諸欲]]の[[samudaya|集起]]、[[atthaṅgama|消滅]]、[[assāda|楽味]]、[[ādīnava|危難]]、[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[vidita|見出]]して[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|]]て、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]を駆逐し、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住している。\\+ 後に、その私は[[kāma|諸欲]]の[[samudaya|集起]]、[[atthaṅgama|消滅]]、[[assāda|楽味]]、[[ādīnava|危難]]、[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[vidita|見出]]して[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|捨て去]]て、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]を駆逐し、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住している。\\
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  その私は[[kāma|愛欲]]について[[rāga|貪]]を離れない、[[kāmataṇhā|欲愛]]に嚙みつかれた、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]に焼き焦がされた、[[kāma|愛欲]]にふける他の[[satta|衆生]]たちを見ても、\\  その私は[[kāma|愛欲]]について[[rāga|貪]]を離れない、[[kāmataṇhā|欲愛]]に嚙みつかれた、[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]に焼き焦がされた、[[kāma|愛欲]]にふける他の[[satta|衆生]]たちを見ても、\\
行 89: 行 89:
 「マーガンディヤよ、[[sādhu|善きかな]]。\\ 「マーガンディヤよ、[[sādhu|善きかな]]。\\
  マーガンディヤよ、[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を具え恵まれ[[rati|愉しみ]]、[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|断]]じることなく[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]を駆逐せずに、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住したか、住している、あるいは住するであろう王や王の大臣、これを、私もまた見たり聞いたことはない。\\  マーガンディヤよ、[[pañcakāmaguṇa|五欲]]を具え恵まれ[[rati|愉しみ]]、[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|断]]じることなく[[kāma|欲]][[pariḷāha|熱悩]]を駆逐せずに、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住したか、住している、あるいは住するであろう王や王の大臣、これを、私もまた見たり聞いたことはない。\\
- しかしマーガンディヤよ、沙門、婆羅門の誰であれ、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住したか、住している、あるいは住するであろう者たち、彼らすべては[[kāma|諸欲]]の[[samudaya|集起]]、[[atthaṅgama|消滅]]、[[assāda|楽味]]、[[ādīnava|危難]]、[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[vidita|見出]]して[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|]]て、[[kāma|欲]]への熱狂を排除し、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住したか、住している、あるいは住するであろう」と。\\+ しかしマーガンディヤよ、沙門、婆羅門の誰であれ、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住したか、住している、あるいは住するであろう者たち、彼らすべては[[kāma|諸欲]]の[[samudaya|集起]]、[[atthaṅgama|消滅]]、[[assāda|楽味]]、[[ādīnava|危難]]、[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[vidita|見出]]して[[kāmataṇhā|欲愛]]を[[pahāna|捨て去]]て、[[kāma|欲]]への熱狂を排除し、渇望を離れ、[[ajjhatta|内に]][[vūpasama|静まり返]]った[[citta|心]]で住したか、住している、あるいは住するであろう」と。\\
  すると世尊はその時、この[[udāna|感興句]]を発せられた。\\  すると世尊はその時、この[[udāna|感興句]]を発せられた。\\
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