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| これらは[[ariya|聖者]]の[[vinaya|律]]においては[[diṭṭhadhamma|現法]][[sukhavihāra|楽住]]と呼ばれる。\\ | これらは[[ariya|聖者]]の[[vinaya|律]]においては[[diṭṭhadhamma|現法]][[sukhavihāra|楽住]]と呼ばれる。\\ | ||
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| - | さてチュンダよ、ここに一部の比丘は[[sukha|楽]]の[[pahāna|断]]により、[[dukkha|苦]]の[[pahāna|断]]により、これまでの[[somanassa|嬉]]・[[domanassa|心苦]]のまさに[[atthaṅgama|消滅]]により、[[adukkhamasukha|不苦不楽]]の・[[parisuddha|遍浄]]な[[upekkhati|捨]]と[[sati|念]]ある[[catutthajhāna|第四禅]]を[[upasampajjati|成就]]して住するということがある。\\ | + | さてチュンダよ、ここに一部の比丘は[[sukha|楽]]の[[pahāna|断]]により、[[dukkha|苦]]の[[pahāna|断]]により、これまでの[[somanassa|嬉]]・[[domanassa|憂]]のまさに[[atthaṅgama|消滅]]により、[[adukkhamasukha|不苦不楽]]の・[[parisuddha|遍浄]]な[[upekkhati|捨]]と[[sati|念]]ある[[catutthajhāna|第四禅]]を[[upasampajjati|成就]]して住するということがある。\\ |
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| 彼には、このような(思いが)あるかもしれない。\\ | 彼には、このような(思いが)あるかもしれない。\\ | ||
| 行 288: | 行 288: | ||
| 『チュンダよ、これらの木の[[mūla|根元]]、これらの[[suñña|空]]き家がある。チュンダよ、君たちは[[jhāna|禅]]をなしなさい。[[pamāda|放逸]]となるなかれ。後に悔恨ある者たちとなるなかれ。』\\ | 『チュンダよ、これらの木の[[mūla|根元]]、これらの[[suñña|空]]き家がある。チュンダよ、君たちは[[jhāna|禅]]をなしなさい。[[pamāda|放逸]]となるなかれ。後に悔恨ある者たちとなるなかれ。』\\ | ||
| これが私の指導である」と。\\ | これが私の指導である」と。\\ | ||
| - | 世尊はこうおっしゃった。\\ | + | 世尊はこう言われた。\\ |
| 意に適ったチュンダ尊者は、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | 意に適ったチュンダ尊者は、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | ||
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