saṃyojaniya
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| [[saṃyojana|結縛]]から派生した**未来受動分詞[grd.]**です。直訳すると”**結縛されるべき**”となります。しかし日本語として”べき”という言葉が強すぎて、未来よりも義務を連想してしまうので、訳語を変えて**結縛につながる**としました。漢訳では”**順結の**”と訳されます。\\ | [[saṃyojana|結縛]]から派生した**未来受動分詞[grd.]**です。直訳すると”**結縛されるべき**”となります。しかし日本語として”べき”という言葉が強すぎて、未来よりも義務を連想してしまうので、訳語を変えて**結縛につながる**としました。漢訳では”**順結の**”と訳されます。\\ | ||
| **結縛の対象**を表すこともあります。\\ | **結縛の対象**を表すこともあります。\\ | ||
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| [[sn35.122]]ではこう説かれています。\\ | [[sn35.122]]ではこう説かれています。\\ | ||
| 「それでは比丘たちよ、何が[[saṃyojaniya|結縛につながる]][[dhamma|諸法]]であり、何が[[saṃyojana|結縛]]なのか?\\ | 「それでは比丘たちよ、何が[[saṃyojaniya|結縛につながる]][[dhamma|諸法]]であり、何が[[saṃyojana|結縛]]なのか?\\ | ||
| - | 比丘たちよ、[[cakkhu|眼]]([[sota|耳]]・[[ghāna|鼻]]・[[jivha|舌]]・[[kāya|身]]・[[mano|意]])により[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を伴い、[[rajjati|魅了]]する\\ | + | 比丘たちよ、[[cakkhu|眼]]([[sota|耳]]・[[ghāna|鼻]]・[[jivha|舌]]・[[kāya|身]]・[[mano|意]])により[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する\\ |
| **[[rūpa|諸色]]([[sadda|諸声]]・[[gandha|諸香]]・[[rasa|諸味]]・[[phoṭṭhabba|諸接触]]・[[dhamma|諸法]])**がある。\\ | **[[rūpa|諸色]]([[sadda|諸声]]・[[gandha|諸香]]・[[rasa|諸味]]・[[phoṭṭhabba|諸接触]]・[[dhamma|諸法]])**がある。\\ | ||
| 比丘たちよ、これらが[[saṃyojaniya|結縛につながる]][[dhamma|諸法]]と言われる。」\\ | 比丘たちよ、これらが[[saṃyojaniya|結縛につながる]][[dhamma|諸法]]と言われる。」\\ | ||
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| 類語 upādāniya:[[upādāniya|取される]]\\ | 類語 upādāniya:[[upādāniya|取される]]\\ | ||
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saṃyojaniya.1759974396.txt.gz · 最終更新: by h1roemon
