ユーザ用ツール

サイト用ツール


saṃyojaniya
saṃyojaniya
結縛につながる

:d: 結すベき, 順結の  favourable to the saṅyojanas


結縛から派生した未来受動分詞[grd.]です。直訳すると”結縛されるべき”となります。しかし日本語として”べき”という言葉が強すぎて、未来よりも義務を連想してしまうので、訳語を変えて結縛につながるとしました。漢訳では”順結の”と訳されます。
結縛の対象を表すこともあります。

sn22.120ではこう説かれています。受、想、行、識も同様に後述されています。

Katame ca, bhikkhave, saṃyojaniyā dhammā, katamaṃ saṃyojanaṃ? それでは比丘たちよ、結縛につながる諸法とは何か、結縛とは何か?
Rūpaṃ, bhikkhave, saṃyojaniyo dhammo; 比丘たちよ、結縛につながるであり、
yo tattha chandarāgo, taṃ tattha saṃyojanaṃ. そこでの愛着、それがそこでの結縛です。
Vedanā…pe… は …中略…
saññā… は …
saṅkhārā… は …
viññāṇaṃ saṃyojaniyo dhammo; 結縛につながるであり、
yo tattha chandarāgo, taṃ tattha saṃyojanaṃ. そこでの愛着、それがそこでの結縛です。
出典: sn22.120

sn35.109ではこう説かれています。
 「それでは比丘たちよ、何が結縛につながる諸法であり、何が結縛なのか?
  比丘たちよ、結縛につながるである。そこでの愛着、それがそこでの結縛である。」
sn35.122ではこう説かれています。
 「それでは比丘たちよ、何が結縛につながる諸法であり、何が結縛なのか?
  比丘たちよ、)により識られる、望ましき、所愛の、好みの、愛しきを近寄せ、魅了する
  諸色諸声諸香諸味諸接触諸法がある。
  比丘たちよ、これらが結縛につながる諸法と言われる。」

類語 upādāniya:取される


Evaṃ bhāvitā kho, bhikkhave, satta bojjhaṅgā evaṃ bahulīkatā saṃyojanīyānaṃ dhammānaṃ pahānāya saṃvattanti. 比丘たちよ、七覚支はこのように修養され、このように多修されると、結縛につながる諸法をもたらします。
出典: sn46.29
‘‘Saṃyojaniyesu, bhikkhave, dhammesu ādīnavānupassino viharato taṇhā nirujjhati. 比丘たちよ、結縛につながる諸法について危難随観に住するなら渇愛します。
出典: sn12.53
Idha, bhikkhave, bhikkhuno cakkhunā rūpaṃ disvā uppajjanti pāpakā akusalā dhammā sarasaṅkappā saṃyojaniyā. 比丘たちよ、ここに比丘には、を見て、結縛につながる悪しき不善諸法思惟の流れが生じます。
出典: sn35.151
Evameva kho, bhikkhave, tassa ce bhikkhuno evaṃ carato, evaṃ viharato kadāci karahaci satisammosā uppajjanti pāpakā akusalā sarasaṅkappā saṃyojaniyā, dandho, bhikkhave, satuppādo. まさにそのように比丘たちよ、たとえその比丘がこのように行い、このように住していても、ごくまれにの忘失により悪しき不善の、結縛につながる思惟の流れが生じます。比丘たちよ、生起が遅いのです。
出典: sn35.244
‘‘‘saṃyojana’nti vā, āvuso, ‘saṃyojaniyā dhammā’ti vā ime dhammā nānatthā nānābyañjanā udāhu ekatthā byañjanameva nāna’’nti? 『友よ、”(saṃyojana)結縛”および”(saṃyojaniya)結縛につながる”というこれらのは、意味も異なり表現も異なるのか、それとも意味はひとつで表現だけが異なるのか?』と。
出典: sn41.1
saṃyojaniya.txt · 最終更新: by h1roemon