| saṅkhāra | ||
|---|---|---|
| 行 | 諸行 [複数] | 現象 |
行, 為作, (行為とその習慣カ), 形成カ, 現象 [m.] essential condition; a thing conditioned, mental coefficients
(abhi)saṅkharoti:”行作する”から来た名詞で、古代中国で行と訳されたことにより、非常に誤解されてきた言葉です。「行動」や「修行」、「行く」といった意味はありません。
複数形で使われるケースがほとんどです。この語は、この金の葉を始めるまで管理人にとってもっともわからない言葉でした。用例から大別すると2つの意味があるようです。
- (2)この世の一切の現象、出来事 「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり…」のように日本人にはなじみのある意味です。複数形の諸行とします。
以下に、それぞれまとめてみます。
(1)
●これが分別経での定義です。
●このような興味深い記述があります。
●sn22.56には別の定義があります。
●sn12.25に二つの定義の関連についてわかる偈があります。
「あるいはアーナンダよ、身があるとき、身思のゆえに内なる苦楽が生じる。
あるいはアーナンダよ、言葉があるとき、語思のゆえに内なる苦楽が生じる。
あるいはアーナンダよ、意があるとき、意思のゆえに、また無明に縁りて内なる苦楽が生じる。
あるいはアーナンダよ、自分で人は、それに縁りてその内なる苦楽が生じるような身行(語行、意行)を為作する。
あるいはアーナンダよ、他者たちは、それに縁りてその内なる苦楽が生じるような身行(語行、意行)を為作する。
あるいはアーナンダよ、正知者は、それに縁りてその内なる苦楽が生じるような身行(語行、意行)を為作する。
あるいはアーナンダよ、不正知者は、それに縁りてその内なる苦楽が生じるような身行(語行、意行)を為作する。」
”のゆえに”は、”縁りて”と同義語なので、身思が身行と、語思が語行と、意思が意行と極めて近い語であるとわかります。
●語源が説かれています。
| Saṅkhatamabhisaṅkharontīti kho, bhikkhave, tasmā ‘saṅkhārā’ti vuccati. | 比丘たちよ、『行作されたもの(saṅkhata)を為作する(abhisaṅkharoti)』それゆえ『行(saṅkhārā)』と言われます。 |
| Kiñca saṅkhatamabhisaṅkharonti? | では行作された何を為作するのか? |
| Rūpaṃ rūpattāya [rūpatthāya (ka.)] saṅkhatamabhisaṅkharonti, vedanaṃ vedanattāya saṅkhatamabhisaṅkharonti, saññaṃ saññattāya saṅkhatamabhisaṅkharonti, saṅkhāre saṅkhārattāya saṅkhatamabhisaṅkharonti, viññāṇaṃ viññāṇattāya saṅkhatamabhisaṅkharonti. | 色であるために行作された色を為作し、受であるために行作された受を為作し、想であるために行作された想を為作し、行であるために行作された行を為作し、識であるために行作された識を為作します。 |
sn12.51:福行、非福行、不動行について説かれています。
| Atha kho pana, bhikkhu, mayā anupubbasaṅkhārānaṃ nirodho akkhāto. | さてそこで、比丘よ、私は順次の諸行の滅を告げます。 |
| Paṭhamaṃ jhānaṃ samāpannassa vācā niruddhā hoti. | 初禅に到達した者の語は滅しています。 |
| Dutiyaṃ jhānaṃ samāpannassa vitakkavicārā niruddhā honti. | 第二禅に到達した者の尋と伺は滅しています。 |
| Tatiyaṃ jhānaṃ samāpannassa pīti niruddhā hoti. | 第三禅に到達した者の喜悦は滅しています。 |
(2)
●大昔から時代を経るごとに呼称、寿命、世尊が変化されたことに言及されています。
| Bhavissati, bhikkhave, so samayo yā ayañcevimassa pabbatassa samaññā antaradhāyissati, ime ca manussā kālaṃ karissanti, ahañca parinibbāyissāmi. | しかし比丘たちよ、この山のその呼称は消え失せ、この人々が最期を迎え、そして私も般涅槃するような、その時があるでしょう。 |
| Evaṃ aniccā, bhikkhave, saṅkhārā; | 比丘たちよ、このように諸行は無常であり、 |
| evaṃ addhuvā, bhikkhave, saṅkhārā; | 比丘たちよ、このように諸行は恒常でなく、 |
| evaṃ anassāsikā, bhikkhave, saṅkhārā. | 比丘たちよ、このように諸行は安息なきものです。 |
| Yāvañcidaṃ, bhikkhave, alameva sabbasaṅkhāresu nibbindituṃ, alaṃ virajjituṃ, alaṃ vimuccitu’’nti. | そうである以上、比丘たちよ、一切諸行について厭うことが当然であり、離貪することが当然であり、解脱することが当然なのです」と。 |
●ブッダが前世で士族の王であったときの出来事について使われています。
