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-「比丘たちよ、暗黒の閉じてない空、真っ黒な暗闇の、[[loka|世界]]の間隙があり、そこではこれほどの大[[iddhika|神変ある]]、これほどの大[[anubhāva|威力]]あるこれら月・太陽の光を受けない」と。\\+「比丘たちよ、暗黒の閉じてない空、真っ黒な暗闇の、[[loka|世界]]の間隙があり、そこではこれほどの大[[iddhika|神変を持]]、これほどの大[[anubhāva|威力]]あるこれら月・太陽の光を受けない」と。\\
  このように言われた時、とある比丘が世尊にこう言った。\\  このように言われた時、とある比丘が世尊にこう言った。\\
 「尊者よ、じつにその暗黒は巨大です。たしかにその暗黒はきわめて大きいです。\\ 「尊者よ、じつにその暗黒は巨大です。たしかにその暗黒はきわめて大きいです。\\
行 12: 行 12:
 「それでは尊者よ、いったいこの暗黒よりさらに大きく、さらに恐ろしい他の暗黒とは何ですか?」と。\\ 「それでは尊者よ、いったいこの暗黒よりさらに大きく、さらに恐ろしい他の暗黒とは何ですか?」と。\\
  \\  \\
-「比丘よ沙門、婆羅門の誰であれ、『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]せず、『これは[[dukkha|苦]]の[[samudaya|集起]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]せず、『これは[[dukkha|苦]]の滅である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]せず、\\+「比丘よ沙門、婆羅門の誰であれ、『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]せず、『これは[[dukkha|苦]]の[[samudaya|集起]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]せず、『これは[[dukkha|苦]]の滅である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]せず、\\
 『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]に至る[[paṭipadā|行道]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]しない者たち。彼らは[[jāti|生]]に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]する。老に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]する。[[maraṇa|死]]に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]する。[[soka|悲]]・悲嘆・[[dukkha|苦]]・憂・悩に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]する。\\ 『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]に至る[[paṭipadā|行道]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]しない者たち。彼らは[[jāti|生]]に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]する。老に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]する。[[maraṇa|死]]に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]する。[[soka|悲]]・悲嘆・[[dukkha|苦]]・憂・悩に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]する。\\
  彼らは生に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]して、老に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]して、[[maraṇa|死]]に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]して、[[karuṇā|悲]]・悲嘆・苦・憂・悩に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]して、\\  彼らは生に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]して、老に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]して、[[maraṇa|死]]に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]して、[[karuṇā|悲]]・悲嘆・苦・憂・悩に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]して、\\
行 21: 行 21:
 『[[dukkha|苦]]から[[parimuccati|解放]]されない』と私は説く。\\ 『[[dukkha|苦]]から[[parimuccati|解放]]されない』と私は説く。\\
  \\  \\
-「比丘よ沙門、婆羅門の誰であれ、『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[samudaya|集起]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の滅である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、\\+「比丘よ沙門、婆羅門の誰であれ、『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[samudaya|集起]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の滅である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、\\
 『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]に至る[[paṭipadā|行道]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]する者たち。彼らは[[jāti|生]]に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]しない。老に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]しない。[[maraṇa|死]]に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]しない。[[soka|悲]]・悲嘆・[[dukkha|苦]]・憂・悩に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]しない。\\ 『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]に至る[[paṭipadā|行道]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]する者たち。彼らは[[jāti|生]]に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]しない。老に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]しない。[[maraṇa|死]]に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]しない。[[soka|悲]]・悲嘆・[[dukkha|苦]]・憂・悩に転じる[[saṅkhāra|諸行]]に[[abhirati|満悦]]しない。\\
  彼らは生に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]せず、老に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]せず、[[maraṇa|死]]に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]せず、[[karuṇā|悲]]・悲嘆・苦・憂・悩に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]せず、生に転じる諸行も[[abhisaṅkharoti|為作]]しない。老に転じる諸行も[[abhisaṅkharoti|為作]]しない。[[maraṇa|死]]に転じる諸行も[[abhisaṅkharoti|為作]]しない。[[karuṇā|悲]]・悲嘆・苦・憂・悩に転じる諸行も[[abhisaṅkharoti|為作]]しない。\\  彼らは生に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]せず、老に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]せず、[[maraṇa|死]]に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]せず、[[karuṇā|悲]]・悲嘆・苦・憂・悩に転じる諸行に[[abhirati|満悦]]せず、生に転じる諸行も[[abhisaṅkharoti|為作]]しない。老に転じる諸行も[[abhisaṅkharoti|為作]]しない。[[maraṇa|死]]に転じる諸行も[[abhisaṅkharoti|為作]]しない。[[karuṇā|悲]]・悲嘆・苦・憂・悩に転じる諸行も[[abhisaṅkharoti|為作]]しない。\\
行 30: 行 30:
 『[[dukkha|苦]]から[[parimuccati|解放]]された』と私は説く。\\ 『[[dukkha|苦]]から[[parimuccati|解放]]された』と私は説く。\\
  \\  \\
- それゆえ比丘たちよ、ここに『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yoga|専念]]され、『これは[[dukkha|苦]]の集起である』と[[yoga|専念]]され、『これは[[dukkha|苦]]の滅である』と[[yoga|専念]]され、『これは[[dukkha|苦]]の滅に至る行道である』と[[yoga|専念]]されるべきである」と。\\+ それゆえ、ここで比丘たちよ、『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yoga|専念]]され、『これは[[dukkha|苦]]の集起である』と[[yoga|専念]]され、『これは[[dukkha|苦]]の滅である』と[[yoga|専念]]され、『これは[[dukkha|苦]]の滅に至る行道である』と[[yoga|専念]]されるべきである」と。\\
 </WRAP> </WRAP>
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sn56.46.1764033484.txt.gz · 最終更新: by h1roemon