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 upa:上から、全体的に + ikkhati:見る => 上から見る、**平静に見る**\\ upa:上から、全体的に + ikkhati:見る => 上から見る、**平静に見る**\\
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 **捨**というのは伝統的な訳語です。無関心という意味あいもあります。[[mn54_3]]も参考にして下さい。\\ **捨**というのは伝統的な訳語です。無関心という意味あいもあります。[[mn54_3]]も参考にして下さい。\\
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 {{include:sn16.9#10-11}} {{include:sn16.9#10-11}}
 {{include:sn35.94#40-42}} {{include:sn35.94#40-42}}
-{{include:sn35.129#13-14}}+{{include:sn35.129#25-26}}
 {{include:sn46.54#74-74}} {{include:sn46.54#74-74}}
 ●四つある[[appamāṇa|無量]]の[[cetovimutti|心解脱]]のひとつです。 ●四つある[[appamāṇa|無量]]の[[cetovimutti|心解脱]]のひとつです。
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 [[sn48.10]]:「[[pīti|喜悦]]の[[virāga|離貪]]から[[upekkhati|捨]]ある者として住し、[[sati|念者]][[sampajāna|正知者]]として[[kāya|身]]による[[sukha|楽]]を[[paṭisaṃvedayati|体験]]し、かの[[ariya|聖者]]たちが告げる『[[upekkhati|捨]]と[[satimā|念ある]][[sukha|楽]][[vihārī|住者]]』として[[tatiyajhāna|第三禅]]を[[upasampajjati|成就]]して住する。」\\ [[sn48.10]]:「[[pīti|喜悦]]の[[virāga|離貪]]から[[upekkhati|捨]]ある者として住し、[[sati|念者]][[sampajāna|正知者]]として[[kāya|身]]による[[sukha|楽]]を[[paṭisaṃvedayati|体験]]し、かの[[ariya|聖者]]たちが告げる『[[upekkhati|捨]]と[[satimā|念ある]][[sukha|楽]][[vihārī|住者]]』として[[tatiyajhāna|第三禅]]を[[upasampajjati|成就]]して住する。」\\
 [[mn54_3]]:「**『[[kāma|諸欲]]は骨、骸骨のごとく[[dukkha|苦]]多く、[[upāyāsa|悩み]]多い。そこにはより多くの[[ādīnava|危難]]がある』**と、世尊により説かれた。\\ [[mn54_3]]:「**『[[kāma|諸欲]]は骨、骸骨のごとく[[dukkha|苦]]多く、[[upāyāsa|悩み]]多い。そこにはより多くの[[ādīnava|危難]]がある』**と、世尊により説かれた。\\
- そのようにこれを[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]により見て、多様な、多様性に依る[[upekkhati|捨]]、それを回避して、そこで完全に[[lokāmisa|世間肉]]の[[upādāna|取]]が残りなく[[nirujjhati|滅す]]るような単一の、単一性に依る[[upekkhati|捨]]、その[[upekkhati|捨]]を[[bhāvanā|修養]]する。」\\+ そのようにこれを[[yathābhūta|如実]]に正しい[[pañña|智慧]]により見て、多様な、多様性に依る[[upekkhati|捨]]、それを回避して、そこで完全に[[lokāmisa|世間肉]]の[[upādāna|取]]が残りなく[[nirodha|滅す]]るような単一の、単一性に依る[[upekkhati|捨]]、その[[upekkhati|捨]]を[[bhāvanā|修養]]する。」\\
  
upekkhati.1764637450.txt.gz · 最終更新: by h1roemon