ユーザ用ツール

サイト用ツール


manosancetanahara

差分

このページの2つのバージョン間の差分を表示します。

この比較画面へのリンク

次のリビジョン
前のリビジョン
manosancetanahara [2021/06/07 19:49] – 作成 - 外部編集 127.0.0.1manosancetanahara [2025/11/20 10:09] (現在) h1roemon
行 3: 行 3:
  
 ---- ----
 +
 mano:[[mano|意]] + sañcetanā:[[cetanā|思]] + [[āhāra|食]]\\ mano:[[mano|意]] + sañcetanā:[[cetanā|思]] + [[āhāra|食]]\\
 伝統的には”思食”と訳されることが多いみたいですが、ここはあえて直訳の**意思食**でいきたいと思います。\\ 伝統的には”思食”と訳されることが多いみたいですが、ここはあえて直訳の**意思食**でいきたいと思います。\\
 \\ \\
-[[sn12.63]]:燃える穴に落とされる人の比喩、そして「[[manosañcetanāhāra|意思食]]が[[parijānati|遍知]]されたとき、三つの[[taṇhā|渇愛]]は[[parijānati|遍知]]される。三つの[[taṇhā|渇愛]]が[[parijānati|遍知]]されたとき、[[ariyasāvaka|聖弟子]]には何であれ、これ以上なすべきはない」と説かれています。\\+---- 
 +{{include:sn12.63#48-49}}
  
manosancetanahara.1623062953.txt.gz · 最終更新: by 127.0.0.1