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行 9: 行 9:
 「友よ」と、彼ら比丘たちは、サーリプッタ尊者に応えた。\\ 「友よ」と、彼ら比丘たちは、サーリプッタ尊者に応えた。\\
  サーリプッタ尊者はこう言った。\\  サーリプッタ尊者はこう言った。\\
-「たとえば友よ、何であれ荒野の[[pāṇa|生命]]の生んだ足跡。それらすべては象の足跡の中収まり、象の足跡はその大きさによりそれらの最上と言われる、\\+「たとえば友よ、何であれ荒野の[[pāṇa|生命]]の生んだ足跡。それらすべては象の足跡の中収まり、象の足跡はその大きさによりそれらの最上と言われる、\\
  まさにそのように友よ、なんであれすべての[[kusala dhamma|諸善法]]、それらは[[ariyasacca|四聖諦]]の中に包含される。\\  まさにそのように友よ、なんであれすべての[[kusala dhamma|諸善法]]、それらは[[ariyasacca|四聖諦]]の中に包含される。\\
  どの四つの中にか?\\  どの四つの中にか?\\
行 43: 行 43:
  しかし、この(身)には、そのようなことは決してない。\\  しかし、この(身)には、そのようなことは決してない。\\
  友よ、もしその比丘を他者たちがののしり、悪口を言い、悩ませ困らせるなら、彼はこのように[[pajānāti|了知]]する。\\  友よ、もしその比丘を他者たちがののしり、悪口を言い、悩ませ困らせるなら、彼はこのように[[pajānāti|了知]]する。\\
-『私には、この[[sota|耳]][[phassa|触]]から[[uppajjati|生じた]][[dukkha|苦]][[vedanā|受]]が[[uppajjati|生じた]]。\\+『私には、この[[sota|耳]][[phassa|触]]から[[uppajjati|生じた]][[dukkhavedanā|苦受]]が[[uppajjati|生じた]]。\\
  そしてそれは[[paṭicca|縁りて]](生じて)、縁らず(生じた)のではない。\\  そしてそれは[[paṭicca|縁りて]](生じて)、縁らず(生じた)のではない。\\
  何に[[paṭicca|縁りて]]か?\\  何に[[paṭicca|縁りて]]か?\\
  [[phassa|触]]に[[paṭicca|縁りて]]』\\  [[phassa|触]]に[[paṭicca|縁りて]]』\\
- 彼は[[phassa|触]]は[[anicca|無常]]なりと[[dassana|見]]、[[vedanā|受]]は[[anicca|無常]]なりと[[dassana|見]]、[[saññā|想]]は[[anicca|無常]]なりと[[dassana|見]]、[[saṅkhāra|諸行]]は[[anicca|無常]]なりと[[dassana|見]]、[[viññāṇa|識]]は[[anicca|無常]]なりと見る。((これは[[nāmarūpa|名色]]のうちの[[nāma|名]]を示しているようです。))\\+ 彼は[[phassa|触]]は[[anicca|無常]]であると[[dassana|見]]、[[vedanā|受]]は[[anicca|無常]]であると[[dassana|見]]、[[saññā|想]]は[[anicca|無常]]であると[[dassana|見]]、[[saṅkhāra|諸行]]は[[anicca|無常]]であると[[dassana|見]]、[[viññāṇa|識]]は[[anicca|無常]]であると見る。((これは[[nāmarūpa|名色]]のうちの[[nāma|名]]を示しているようです。))\\
 \\ \\
  [[dhātu|界]]を[[ārammaṇa|所縁]]として、彼の[[citta|心]]は躍動し、[[pasāda|浄信]]し、[[santiṭṭhati|住立]]し、[[adhimuccati|信解]]する。\\  [[dhātu|界]]を[[ārammaṇa|所縁]]として、彼の[[citta|心]]は躍動し、[[pasāda|浄信]]し、[[santiṭṭhati|住立]]し、[[adhimuccati|信解]]する。\\
行 113: 行 113:
  友よ、[[bahiddhā|外の]][[tejodhātu|火界]]が大[[kuppati|動転]]するような、その時がある。\\  友よ、[[bahiddhā|外の]][[tejodhātu|火界]]が大[[kuppati|動転]]するような、その時がある。\\
  それは村も焼き、町も焼き、街も焼き、地方も焼き、国の地域も焼く。\\  それは村も焼き、町も焼き、街も焼き、地方も焼き、国の地域も焼く。\\
- それは緑の果てまで、道の果てまで、岩の果てまで、[[āpo|水]]の果てまで、あるいは楽しそうな土地に来て、[[āhāra|食]]([[saṇṭhāna|燃料]])なきゆえに[[nibbāti|鎮火]]する。\\+ それは緑の果てまで、道の果てまで、岩の果てまで、[[āpo|水]]の果てまで、あるいは[[ramaṇīya|心地よい]]土地に来て、[[āhāra|食]]([[saṇṭhāna|燃料]])なきゆえに[[nibbāti|鎮火]]する。\\
  友よ、およそ鶏の羽毛により、またダッドゥラ米の筋により火を探すような((世界からほぼ火が失われた状態のことを表現していますが、比喩の意味は不明です。))、その時がある。\\  友よ、およそ鶏の羽毛により、またダッドゥラ米の筋により火を探すような((世界からほぼ火が失われた状態のことを表現していますが、比喩の意味は不明です。))、その時がある。\\
  そのときこそ友よ、じつに[[bahiddhā|外の]][[tejodhātu|火界]]について、老婆によってさえ[[anicca|無常]]性が[[paññāyati|知られ]]、[[khaya|尽]][[dhamma|法]]性が[[paññāyati|知られ]]、[[vayadhamma|衰滅法]]性が[[paññāyati|知られ]]、[[vipariṇāmadhamma|変壊法]]性が[[paññāyati|知られ]]る。\\  そのときこそ友よ、じつに[[bahiddhā|外の]][[tejodhātu|火界]]について、老婆によってさえ[[anicca|無常]]性が[[paññāyati|知られ]]、[[khaya|尽]][[dhamma|法]]性が[[paññāyati|知られ]]、[[vayadhamma|衰滅法]]性が[[paññāyati|知られ]]、[[vipariṇāmadhamma|変壊法]]性が[[paññāyati|知られ]]る。\\
mn28_1.1763255022.txt.gz · 最終更新: by h1roemon