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| 行 12: | 行 12: | ||
| 「沙門よ、この園に入ってはいけない。\\ | 「沙門よ、この園に入ってはいけない。\\ | ||
| ここで[[santi|静ま]]って、三人の良家の子息が[[atta|自己]]の欲する[[rūpa|姿]]で住している。\\ | ここで[[santi|静ま]]って、三人の良家の子息が[[atta|自己]]の欲する[[rūpa|姿]]で住している。\\ | ||
| - | 彼らの安らぎをなくしてはいけない。」と。\\ | + | 彼らの安らぎをなくしてはいけない」と。\\ |
| アヌルッダ尊者は園の番人の世尊との談話を聞いた。\\ | アヌルッダ尊者は園の番人の世尊との談話を聞いた。\\ | ||
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| 聞いて園の番人にこう言った、\\ | 聞いて園の番人にこう言った、\\ | ||
| 「友なる園の番人よ、世尊を妨げてはいけません。\\ | 「友なる園の番人よ、世尊を妨げてはいけません。\\ | ||
| - | 我々の師である世尊が到着されたのです。」と。\\ | + | 我々の師である世尊が到着されたのです」と。\\ |
| そこでアヌルッダ尊者はナンディヤ尊者とキミラ尊者のもとに近づいた。\\ | そこでアヌルッダ尊者はナンディヤ尊者とキミラ尊者のもとに近づいた。\\ | ||
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| 近づいてナンディヤ尊者とキミラ尊者にこう言った。\\ | 近づいてナンディヤ尊者とキミラ尊者にこう言った。\\ | ||
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| - | 「尊者たちは行きましょう。尊者たちは行きましょう。我々の師、世尊が到着されました。」と。\\ | + | 「尊者たちは行きましょう。尊者たちは行きましょう。我々の師、世尊が到着されました」と。\\ |
| そこでアヌルッダ尊者、ナンディヤ尊者、キミラ尊者は世尊を出迎えて、\\ | そこでアヌルッダ尊者、ナンディヤ尊者、キミラ尊者は世尊を出迎えて、\\ | ||
| ひとりは世尊の鉢と外衣を受け取り、ひとりは座処を用意し、またひとりは足(を洗う)水を準備した。\\ | ひとりは世尊の鉢と外衣を受け取り、ひとりは座処を用意し、またひとりは足(を洗う)水を準備した。\\ | ||
| 行 28: | 行 28: | ||
| 座ってから世尊は足を洗われた。\\ | 座ってから世尊は足を洗われた。\\ | ||
| 彼ら尊者たちも世尊に[[abhivādeti|礼拝]]して一隅に座った。\\ | 彼ら尊者たちも世尊に[[abhivādeti|礼拝]]して一隅に座った。\\ | ||
| - | 一隅に座ったアヌルッダ尊者に、世尊はこうおっしゃった。\\ | + | 一隅に座ったアヌルッダ尊者に、世尊はこう言われた。\\ |
| \\ | \\ | ||
| 「アヌルッダたちよ、君たちは耐えられるか、生きられるか、[[piṇḍa|托鉢]](食の不足)による疲弊はないか?」と。\\ | 「アヌルッダたちよ、君たちは耐えられるか、生きられるか、[[piṇḍa|托鉢]](食の不足)による疲弊はないか?」と。\\ | ||
| 「世尊よ、耐えられます。世尊よ、生きられます。\\ | 「世尊よ、耐えられます。世尊よ、生きられます。\\ | ||
| - | 尊者よ、我々は[[piṇḍa|托鉢]](食)により疲弊していません。」と。\\ | + | 尊者よ、我々は[[piṇḍa|托鉢]](食)により疲弊していません」と。\\ |
| それではアヌルッダたちよ、君たちは和合し相喜び論争なく、乳と水のように互いに愛眼をもって共に見る者として住しているか?」と。\\ | それではアヌルッダたちよ、君たちは和合し相喜び論争なく、乳と水のように互いに愛眼をもって共に見る者として住しているか?」と。\\ | ||
| - | 尊者よ、たしかに我々は和合し相喜び論争なく、乳と水のように互いに愛眼をもって共に見る者として住しています。」と。\\ | + | 尊者よ、たしかに我々は和合し相喜び論争なく、乳と水のように互いに愛眼をもって共に見る者として住しています」と。\\ |
| それではアヌルッダたちよ、君たちはどのように和合し相喜び論争なく、乳と水のように互いに愛眼をもって共に見る者として住しているのか?」と。\\ | それではアヌルッダたちよ、君たちはどのように和合し相喜び論争なく、乳と水のように互いに愛眼をもって共に見る者として住しているのか?」と。\\ | ||
| 「尊者よ、ここに私にはこのような(思い)があります。\\ | 「尊者よ、ここに私にはこのような(思い)があります。\\ | ||
| - | 『じつに私の[[lābha|利得]]だ、じつに私にはよく得られた。私がこのような[[sabrahmacārin|同梵行者]]たちと住することは。』と。\\ | + | 『じつに私の[[lābha|利得]]だ、じつに私にはよく得られた。私がこのような[[sabrahmacārin|同梵行者]]たちと住することは』と。\\ |
| 尊者よ、その私には、これらの尊者について[[metta|慈しみ]]の[[kāya|身]][[kamma|業]]がはっきりと、またひそかに[[paccupaṭṭhita|現起]]し、\\ | 尊者よ、その私には、これらの尊者について[[metta|慈しみ]]の[[kāya|身]][[kamma|業]]がはっきりと、またひそかに[[paccupaṭṭhita|現起]]し、\\ | ||
| [[metta|慈しみ]]の[[vācā|語]][[kamma|業]]がはっきりと、またひそかに[[paccupaṭṭhita|現起]]し、\\ | [[metta|慈しみ]]の[[vācā|語]][[kamma|業]]がはっきりと、またひそかに[[paccupaṭṭhita|現起]]し、\\ | ||
| 行 48: | 行 48: | ||
| キミラ尊者も世尊にこう言った。\\ | キミラ尊者も世尊にこう言った。\\ | ||
| 「尊者よ、ここに私にはこのような(思い)があります。\\ | 「尊者よ、ここに私にはこのような(思い)があります。\\ | ||
| - | 『じつに私の[[lābha|利得]]だ、じつに私にはよく得られた。私がこのような[[sabrahmacārin|同梵行者]]たちと住することは。』と。\\ | + | 『じつに私の[[lābha|利得]]だ、じつに私にはよく得られた。私がこのような[[sabrahmacārin|同梵行者]]たちと住することは』と。\\ |
| 尊者よ、その私には、これらの尊者について[[metta|慈しみ]]の[[kāya|身]][[kamma|業]]がはっきりと、またひそかに[[paccupaṭṭhita|現起]]し、\\ | 尊者よ、その私には、これらの尊者について[[metta|慈しみ]]の[[kāya|身]][[kamma|業]]がはっきりと、またひそかに[[paccupaṭṭhita|現起]]し、\\ | ||
| [[metta|慈しみ]]の[[vācā|語]][[kamma|業]]がはっきりと、またひそかに[[paccupaṭṭhita|現起]]し、[[metta|慈しみ]]の[[mano|意]][[kamma|業]]がはっきりと、またひそかに[[paccupaṭṭhita|現起]]しています。\\ | [[metta|慈しみ]]の[[vācā|語]][[kamma|業]]がはっきりと、またひそかに[[paccupaṭṭhita|現起]]し、[[metta|慈しみ]]の[[mano|意]][[kamma|業]]がはっきりと、またひそかに[[paccupaṭṭhita|現起]]しています。\\ | ||
| 行 55: | 行 55: | ||
| 尊者よ、その私は[[atta|自己]]の[[citta|心]]を[[nikkhepa|投棄]]して、これら尊者の[[citta|心]]に従っています。\\ | 尊者よ、その私は[[atta|自己]]の[[citta|心]]を[[nikkhepa|投棄]]して、これら尊者の[[citta|心]]に従っています。\\ | ||
| なぜなら尊者よ、我々の[[kāya|身]]は異なりますが、[[citta|心]]は一つと[[maññita|思う]]からですと。\\ | なぜなら尊者よ、我々の[[kāya|身]]は異なりますが、[[citta|心]]は一つと[[maññita|思う]]からですと。\\ | ||
| - | 尊者よ、このように我々は和合し相喜び論争なく、乳と水のように互いに愛眼をもって共に見る者として住しています。」と。\\ | + | 尊者よ、このように我々は和合し相喜び論争なく、乳と水のように互いに愛眼をもって共に見る者として住しています」と。\\ |
| 「[[sādhu|善きかな]]、[[sādhu|善きかな]]、アヌルッダたちよ。\\ | 「[[sādhu|善きかな]]、[[sādhu|善きかな]]、アヌルッダたちよ。\\ | ||
| それではアヌルッダたちよ、君たちは[[appamāda|不放逸]]に熱心に自ら[[padhāna|勤め]]住しているか?」と。\\ | それではアヌルッダたちよ、君たちは[[appamāda|不放逸]]に熱心に自ら[[padhāna|勤め]]住しているか?」と。\\ | ||
| - | 「尊者よ、じつに我々は[[appamāda|不放逸]]に熱心に、自ら[[padhāna|勤め]]住しています。」と。\\ | + | 「尊者よ、じつに我々は[[appamāda|不放逸]]に熱心に、自ら[[padhāna|勤め]]住しています」と。\\ |
| 「それではアヌルッダたちよ、君たちはどのように[[appamāda|不放逸]]に熱心に自ら[[padhāna|勤め]]住しているのか?」と。\\ | 「それではアヌルッダたちよ、君たちはどのように[[appamāda|不放逸]]に熱心に自ら[[padhāna|勤め]]住しているのか?」と。\\ | ||
| 「尊者よ、ここに我々のうち、最初に[[piṇḍa|托鉢]]のため村から戻った者、彼が座処を用意し、飲み水・洗浄水を準備し、残食鉢を準備します。\\ | 「尊者よ、ここに我々のうち、最初に[[piṇḍa|托鉢]]のため村から戻った者、彼が座処を用意し、飲み水・洗浄水を準備し、残食鉢を準備します。\\ | ||
| 行 67: | 行 67: | ||
| もし彼の出来ないことがあるなら、手の変化で相方を呼んで、手で合図して準備しますが、尊者よ、我々がそれに[[paccaya|縁りて]][[vācā|言葉]]を発することは決してありません。(([[ariya|聖]]なる[[tuṇhībhāva|沈黙]]です。))\\ | もし彼の出来ないことがあるなら、手の変化で相方を呼んで、手で合図して準備しますが、尊者よ、我々がそれに[[paccaya|縁りて]][[vācā|言葉]]を発することは決してありません。(([[ariya|聖]]なる[[tuṇhībhāva|沈黙]]です。))\\ | ||
| しかし尊者よ、我々は五日毎に[[dhammīkathā|法話]]のために一晩中、共に座ります。\\ | しかし尊者よ、我々は五日毎に[[dhammīkathā|法話]]のために一晩中、共に座ります。\\ | ||
| - | 尊者よ、このように我々は[[appamāda|不放逸]]に熱心に、自ら[[padhāna|勤め]]住しています。」と。\\ | + | 尊者よ、このように我々は[[appamāda|不放逸]]に熱心に、自ら[[padhāna|勤め]]住しています」と。\\ |
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mn31_1.1752109241.txt.gz · 最終更新: by h1roemon
