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| \\ | \\ | ||
| 「尊者よ」と、その比丘たちは世尊へ応じた。\\ | 「尊者よ」と、その比丘たちは世尊へ応じた。\\ | ||
| - | 世尊はこうおっしゃった。\\ | + | 世尊はこう言われた。\\ |
| \\ | \\ | ||
| 「比丘たちよ、君たちは、私により説かれた[[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]を[[dhāreti|保持]]しているだろうか?」と。\\ | 「比丘たちよ、君たちは、私により説かれた[[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]を[[dhāreti|保持]]しているだろうか?」と。\\ | ||
| このように説かれて、マールキャプッタ尊者は世尊にこう言った。\\ | このように説かれて、マールキャプッタ尊者は世尊にこう言った。\\ | ||
| - | 「尊者よ、私は世尊により説かれた[[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]を[[dhāreti|保持]]しています。」と。\\ | + | 「尊者よ、私は世尊により説かれた[[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]を[[dhāreti|保持]]しています」と。\\ |
| 「それではマールキャプッタよ、君は、私により説かれた[[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]をどのように[[dhāreti|保持]]しているのか?」と。\\ | 「それではマールキャプッタよ、君は、私により説かれた[[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]をどのように[[dhāreti|保持]]しているのか?」と。\\ | ||
| \\ | \\ | ||
| 「尊者よ、私は[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]を、世尊により説かれた[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]と[[dhāreti|保持]]しています。\\ | 「尊者よ、私は[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]を、世尊により説かれた[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]と[[dhāreti|保持]]しています。\\ | ||
| - | 尊者よ、私は[[vicikicchā|疑い]]を、世尊により説かれた[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]と[[dhāreti|保持]]しています。\\ | + | 尊者よ、私は[[vicikicchā|迷い]]を、世尊により説かれた[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]と[[dhāreti|保持]]しています。\\ |
| 尊者よ、私は[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]を、世尊により説かれた[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]と[[dhāreti|保持]]しています。\\ | 尊者よ、私は[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]を、世尊により説かれた[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]と[[dhāreti|保持]]しています。\\ | ||
| 尊者よ、私は[[kāmacchanda|欲望]]を、世尊により説かれた[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]と[[dhāreti|保持]]しています。\\ | 尊者よ、私は[[kāmacchanda|欲望]]を、世尊により説かれた[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]と[[dhāreti|保持]]しています。\\ | ||
| 尊者よ、私は[[vyāpāda|悪意]]を、世尊により説かれた[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]と[[dhāreti|保持]]しています。\\ | 尊者よ、私は[[vyāpāda|悪意]]を、世尊により説かれた[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]と[[dhāreti|保持]]しています。\\ | ||
| - | 尊者よ、私はこのように世尊により説かれた[[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]を[[dhāreti|保持]]しています。」と。\\ | + | 尊者よ、私はこのように世尊により説かれた[[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]を[[dhāreti|保持]]しています」と。\\ |
| \\ | \\ | ||
| 「マールキャプッタよ、君は何のために、これらの説かれた[[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]を[[dhāreti|保持]]するのか?\\ | 「マールキャプッタよ、君は何のために、これらの説かれた[[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]を[[dhāreti|保持]]するのか?\\ | ||
| 行 28: | 行 28: | ||
| 『マールキャプッタよ、(まだ動きの)鈍い仰向けに横たわる幼い童子には[[sakkāya|有身]]という(思い)すらないのに、どうして彼には[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]が[[uppajjati|生じる]]だろうか?』(と。)\\ | 『マールキャプッタよ、(まだ動きの)鈍い仰向けに横たわる幼い童子には[[sakkāya|有身]]という(思い)すらないのに、どうして彼には[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]が[[uppajjati|生じる]]だろうか?』(と。)\\ | ||
| 彼には[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]の[[anuseti|随眠]]が[[anuseti|随眠]]しているだけである。\\ | 彼には[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]の[[anuseti|随眠]]が[[anuseti|随眠]]しているだけである。\\ | ||
| - | 『マールキャプッタよ、(まだ動きの)鈍い仰向けに横たわる幼い童子には[[dhamma|法]]という(思い)すらないのに、どうして彼には[[dhamma|諸法]]への[[vicikicchā|疑い]]が[[uppajjati|生じる]]だろうか?』(と。)\\ | + | 『マールキャプッタよ、(まだ動きの)鈍い仰向けに横たわる幼い童子には[[dhamma|法]]という(思い)すらないのに、どうして彼には[[dhamma|諸法]]への[[vicikicchā|迷い]]が[[uppajjati|生じる]]だろうか?』(と。)\\ |
| - | 彼には[[vicikicchā|疑い]]の[[anuseti|随眠]]が[[anuseti|随眠]]しているだけである。\\ | + | 彼には[[vicikicchā|迷い]]の[[anuseti|随眠]]が[[anuseti|随眠]]しているだけである。\\ |
| 『マールキャプッタよ、(まだ動きの)鈍い仰向けに横たわる幼い童子には[[sīla|戒]]という(思い)すらないのに、どうして彼には[[sīla|諸戒]]への[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]が[[uppajjati|生じる]]だろうか?』(と。)\\ | 『マールキャプッタよ、(まだ動きの)鈍い仰向けに横たわる幼い童子には[[sīla|戒]]という(思い)すらないのに、どうして彼には[[sīla|諸戒]]への[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]が[[uppajjati|生じる]]だろうか?』(と。)\\ | ||
| 彼には[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]の[[anuseti|随眠]]が[[anuseti|随眠]]しているだけである。\\ | 彼には[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]の[[anuseti|随眠]]が[[anuseti|随眠]]しているだけである。\\ | ||
| 行 36: | 行 36: | ||
| 『マールキャプッタよ、(まだ動きの)鈍い仰向けに横たわる幼い童子には[[satta|生類]]という(思い)すらないのに、どうして彼には[[satta|生類]]への[[vyāpāda|悪意]]が[[uppajjati|生じる]]だろうか?』(と。)\\ | 『マールキャプッタよ、(まだ動きの)鈍い仰向けに横たわる幼い童子には[[satta|生類]]という(思い)すらないのに、どうして彼には[[satta|生類]]への[[vyāpāda|悪意]]が[[uppajjati|生じる]]だろうか?』(と。)\\ | ||
| 彼には[[vyāpāda|悪意]]の[[anuseti|随眠]]が[[anuseti|随眠]]しているだけである。\\ | 彼には[[vyāpāda|悪意]]の[[anuseti|随眠]]が[[anuseti|随眠]]しているだけである。\\ | ||
| - | マールキャプッタよ、異教徒の[[paribbājaka|遍歴行者]]たちは、この幼児の比喩の論難により論難しないだろうか。」と。\\ | + | マールキャプッタよ、異教徒の[[paribbājaka|遍歴行者]]たちは、この幼児の比喩の論難により論難しないだろうか」と。\\ |
| このように説かれて、アーナンダ尊者は世尊にこう言った。\\ | このように説かれて、アーナンダ尊者は世尊にこう言った。\\ | ||
| 世尊よ、その適時です。[[sugata|善逝]]よ、その適時です。さあ世尊は[[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]をお示し下さい。\\ | 世尊よ、その適時です。[[sugata|善逝]]よ、その適時です。さあ世尊は[[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]をお示し下さい。\\ | ||
| - | 世尊の(所説を)聞いて、比丘たちは[[dhāreti|保持]]するでしょう。」と。\\ | + | 世尊の(所説を)聞いて、比丘たちは[[dhāreti|保持]]するでしょう」と。\\ |
| \\ | \\ | ||
| 「それならアーナンダよ、君は聞き、よく[[manasikāra|作意]]しなさい。\\ | 「それならアーナンダよ、君は聞き、よく[[manasikāra|作意]]しなさい。\\ | ||
| - | 私は語ろう。」と。\\ | + | 私は語ろう」と。\\ |
| \\ | \\ | ||
| 「はい、尊者よ」とアーナンダ尊者は世尊に応えた。\\ | 「はい、尊者よ」とアーナンダ尊者は世尊に応えた。\\ | ||
| - | 世尊はこうおっしゃった。\\ | + | 世尊はこう言われた。\\ |
| 「ここにアーナンダよ、[[ariya|聖者]]たちを[[diṭṭhi|見]]ず、[[ariyadhamma|聖法]]を[[kovida|熟知]]せず、[[ariyadhamma|聖法]]にて[[vinaya|教導]]されず、[[sappurisa|善人]]たちを[[diṭṭhi|見]]ず、[[sappurisadhamma|善人法]]を[[kovida|熟知]]せず、[[sappurisadhamma|善人法]]にて[[vinaya|教導]]されてない[[assutavā|無聞]]の[[puthujjana|凡夫]]は、[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]に[[pariyuṭṭhāna|まとわり]]つかれ、[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]に打ち負かされた[[citta|心]]により住し、\\ | 「ここにアーナンダよ、[[ariya|聖者]]たちを[[diṭṭhi|見]]ず、[[ariyadhamma|聖法]]を[[kovida|熟知]]せず、[[ariyadhamma|聖法]]にて[[vinaya|教導]]されず、[[sappurisa|善人]]たちを[[diṭṭhi|見]]ず、[[sappurisadhamma|善人法]]を[[kovida|熟知]]せず、[[sappurisadhamma|善人法]]にて[[vinaya|教導]]されてない[[assutavā|無聞]]の[[puthujjana|凡夫]]は、[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]に[[pariyuṭṭhāna|まとわり]]つかれ、[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]に打ち負かされた[[citta|心]]により住し、\\ | ||
| そして[[uppajjati|生じた]][[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]の[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]しない。\\ | そして[[uppajjati|生じた]][[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]の[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]しない。\\ | ||
| 彼のその[[thāma|勢力]]があり、駆逐されない[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]は[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]である。\\ | 彼のその[[thāma|勢力]]があり、駆逐されない[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]は[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]である。\\ | ||
| \\ | \\ | ||
| - | (彼は)[[vicikicchā|疑い]]に[[pariyuṭṭhāna|まとわり]]つかれ、[[vicikicchā|疑い]]に打ち負かされた[[citta|心]]により住し、\\ | + | (彼は)[[vicikicchā|迷い]]に[[pariyuṭṭhāna|まとわり]]つかれ、[[vicikicchā|迷い]]に打ち負かされた[[citta|心]]により住し、\\ |
| - | そして[[uppajjati|生じた]][[vicikicchā|疑い]]の[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]しない。\\ | + | そして[[uppajjati|生じた]][[vicikicchā|迷い]]の[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]しない。\\ |
| - | 彼のその[[thāma|勢力]]があり、駆逐されない[[vicikicchā|疑い]]は[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]である。\\ | + | 彼のその[[thāma|勢力]]があり、駆逐されない[[vicikicchā|迷い]]は[[orambhāgiya|下分]][[saṃyojana|結]]である。\\ |
| (彼は)[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]に[[pariyuṭṭhāna|まとわり]]つかれ、[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]に打ち負かされた[[citta|心]]により住し、\\ | (彼は)[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]に[[pariyuṭṭhāna|まとわり]]つかれ、[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]に打ち負かされた[[citta|心]]により住し、\\ | ||
| そして[[uppajjati|生じた]][[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]の[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]しない。\\ | そして[[uppajjati|生じた]][[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]の[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]しない。\\ | ||
| 行 68: | 行 68: | ||
| そして[[uppajjati|生じた]][[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]の[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]する。\\ | そして[[uppajjati|生じた]][[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]の[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]する。\\ | ||
| 彼には、その[[anuseti|随眠]]ある[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]が[[pahāna|断]]じられる。\\ | 彼には、その[[anuseti|随眠]]ある[[sakkāya-diṭṭhi|有身見]]が[[pahāna|断]]じられる。\\ | ||
| - | (彼は)[[vicikicchā|疑い]]に[[pariyuṭṭhāna|まとわり]]つかれない、[[vicikicchā|疑い]]に打ち負かされない[[citta|心]]により住し、\\ | + | (彼は)[[vicikicchā|迷い]]に[[pariyuṭṭhāna|まとわり]]つかれない、[[vicikicchā|迷い]]に打ち負かされない[[citta|心]]により住し、\\ |
| - | そして[[uppajjati|生じた]][[vicikicchā|疑い]]の[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]する。\\ | + | そして[[uppajjati|生じた]][[vicikicchā|迷い]]の[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]する。\\ |
| - | 彼には、その[[anuseti|随眠]]ある[[vicikicchā|疑い]]が[[pahāna|断]]じられる。\\ | + | 彼には、その[[anuseti|随眠]]ある[[vicikicchā|迷い]]が[[pahāna|断]]じられる。\\ |
| (彼は)[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]に[[pariyuṭṭhāna|まとわり]]つかれない、[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]に打ち負かされない[[citta|心]]により住し、\\ | (彼は)[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]に[[pariyuṭṭhāna|まとわり]]つかれない、[[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]に打ち負かされない[[citta|心]]により住し、\\ | ||
| そして[[uppajjati|生じた]][[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]の[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]する。\\ | そして[[uppajjati|生じた]][[sīlabbata-parāmāsa|戒禁執取]]の[[nissaraṇa|出離]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]する。\\ | ||
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