mn65_2
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| なぜならバッダーリよ、師の教えにおける[[sikkhati|学び]]を円満になす者には、通例として、そのようになるから。\\ | なぜならバッダーリよ、師の教えにおける[[sikkhati|学び]]を円満になす者には、通例として、そのようになるから。\\ | ||
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| - | 彼はそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|澄みわた]]り[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、[[citta|心]]を[[pubbenivāsānussatiñāṇa|宿命智]]に向けさせる。\\ | + | 彼はそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|清白]]で[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、[[citta|心]]を[[pubbenivāsānussatiñāṇa|宿命智]]に向けさせる。\\ |
| 彼は種々の過去の暮らしを[[anussarati|追憶]]する。すなわち、\\ | 彼は種々の過去の暮らしを[[anussarati|追憶]]する。すなわち、\\ | ||
| 一[[jāti|生]]も、二[[jāti|生]]も …中略…\\ | 一[[jāti|生]]も、二[[jāti|生]]も …中略…\\ | ||
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| なぜならバッダーリよ、師の教えにおける[[sikkhati|学び]]を円満になす者には、通例として、そのようになるから。\\ | なぜならバッダーリよ、師の教えにおける[[sikkhati|学び]]を円満になす者には、通例として、そのようになるから。\\ | ||
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| - | 彼はそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|澄みわた]]り[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、[[citta|心]]を[[sattānaṃ cutūpapātañāṇa|有情死生智]]に向けさせる。\\ | + | 彼はそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|清白]]で[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、[[citta|心]]を[[sattānaṃ cutūpapātañāṇa|有情死生智]]に向けさせる。\\ |
| 彼は人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]し[[upapajjati|再生]]する、劣った優れた、美しい、醜い[[satta|衆生]]を見る。[[kamma|業]]に応じて[[satta|衆生]]が幸福な[[āyatana|処]]、不幸な[[āyatana|処]]へ至るのを[[pajānāti|了知]]する。\\ | 彼は人間を[[atikkama|超え]]た[[visuddhi|清浄]]な[[dibbacakkhu|天眼]]により、[[cavati|死没]]し[[upapajjati|再生]]する、劣った優れた、美しい、醜い[[satta|衆生]]を見る。[[kamma|業]]に応じて[[satta|衆生]]が幸福な[[āyatana|処]]、不幸な[[āyatana|処]]へ至るのを[[pajānāti|了知]]する。\\ | ||
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| なぜならバッダーリよ、師の教えにおける[[sikkhati|学び]]を円満になす者には、通例として、そのようになるから。\\ | なぜならバッダーリよ、師の教えにおける[[sikkhati|学び]]を円満になす者には、通例として、そのようになるから。\\ | ||
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| - | 彼はそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|澄みわた]]り[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、[[citta|心]]を[[āsavakkhayañāṇa|漏尽智]]に向けさせる。\\ | + | 彼はそのように[[citta|心]]が[[samāhita|入定]]し[[parisuddha|あまねく清め]]られ、[[pariyodāta|清白]]で[[aṅgaṇa|汚点]]なく、[[upakkilesa|不純物]]を離れ、柔軟となり、作業に適し[[ṭhiti|とどま]]り、[[āneñja|不動]]を得たとき、[[citta|心]]を[[āsavakkhayañāṇa|漏尽智]]に向けさせる。\\ |
| 彼は『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[samudaya|集起]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]に至る[[paṭipadā|行道]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]する。\\ | 彼は『これは[[dukkha|苦]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[samudaya|集起]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]し、『これは[[dukkha|苦]]の[[nirodha|滅]]に至る[[paṭipadā|行道]]である』と[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]する。\\ | ||
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