mn70_2
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| これらの尊者たちが[[anuloma|順当]]に[[senāsana|坐臥処]]を受用し、[[kalyāṇamitta|善友]]たちに従い行き、[[indriya|諸根]]をよく統制するならば、おそらく、\\ | これらの尊者たちが[[anuloma|順当]]に[[senāsana|坐臥処]]を受用し、[[kalyāṇamitta|善友]]たちに従い行き、[[indriya|諸根]]をよく統制するならば、おそらく、\\ | ||
| 良家の子息が俗家から家無き者へと正しく出家する[[attha|目的]]である、その無上の\\ | 良家の子息が俗家から家無き者へと正しく出家する[[attha|目的]]である、その無上の\\ | ||
| - | [[brahmacariya|梵行]]の[[pariyosāna|完了]]を[[diṭṭhadhamma|現法]]で自ら[[abhijānāti|証知]]して[[sacchikaroti|実証]]して[[upasampajjati|具足]]して住するであろうから。\\ | + | [[brahmacariya|梵行]]の[[pariyosāna|完了]]を[[diṭṭhadhamma|現法]]で自ら[[abhijānāti|証知]]して、[[sacchikaroti|実証]]して、[[upasampajjati|具足]]して住するであろうから。\\ |
| 比丘たちよ、私はこれらの比丘たちの、この[[appamāda|不放逸]]の[[phala|果]]を見るので、『[[appamāda|不放逸]]になされるべきことがある』と説く。\\ | 比丘たちよ、私はこれらの比丘たちの、この[[appamāda|不放逸]]の[[phala|果]]を見るので、『[[appamāda|不放逸]]になされるべきことがある』と説く。\\ | ||
| 比丘たちよ、[[loka|世間]]にはこれら七つの者がいるのが見られる。\\ | 比丘たちよ、[[loka|世間]]にはこれら七つの者がいるのが見られる。\\ | ||
| 行 41: | 行 41: | ||
| この尊者が[[anuloma|順当]]に[[senāsana|坐臥処]]を受用し、[[kalyāṇamitta|善友]]たちに従い行き、[[indriya|諸根]]をよく統制するならば、おそらく、\\ | この尊者が[[anuloma|順当]]に[[senāsana|坐臥処]]を受用し、[[kalyāṇamitta|善友]]たちに従い行き、[[indriya|諸根]]をよく統制するならば、おそらく、\\ | ||
| 良家の子息が俗家から家無き者へと正しく出家する[[attha|目的]]である、その無上の\\ | 良家の子息が俗家から家無き者へと正しく出家する[[attha|目的]]である、その無上の\\ | ||
| - | [[brahmacariya|梵行]]の[[pariyosāna|完了]]を[[diṭṭhadhamma|現法]]で自ら[[abhijānāti|証知]]して[[sacchikaroti|実証]]して[[upasampajjati|具足]]して住するであろうから。\\ | + | [[brahmacariya|梵行]]の[[pariyosāna|完了]]を[[diṭṭhadhamma|現法]]で自ら[[abhijānāti|証知]]して、[[sacchikaroti|実証]]して、[[upasampajjati|具足]]して住するであろうから。\\ |
| 比丘たちよ、私はこの比丘の、この[[appamāda|不放逸]]の[[phala|果]]を見るので、『[[appamāda|不放逸]]になされるべきことがある』と説く。\\ | 比丘たちよ、私はこの比丘の、この[[appamāda|不放逸]]の[[phala|果]]を見るので、『[[appamāda|不放逸]]になされるべきことがある』と説く。\\ | ||
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| この尊者が[[anuloma|順当]]に[[senāsana|坐臥処]]を受用し、[[kalyāṇamitta|善友]]たちに従い行き、[[indriya|諸根]]をよく統制するならば、おそらく、\\ | この尊者が[[anuloma|順当]]に[[senāsana|坐臥処]]を受用し、[[kalyāṇamitta|善友]]たちに従い行き、[[indriya|諸根]]をよく統制するならば、おそらく、\\ | ||
| 良家の子息が俗家から家無き者へと正しく出家する[[attha|目的]]である、その無上の\\ | 良家の子息が俗家から家無き者へと正しく出家する[[attha|目的]]である、その無上の\\ | ||
| - | [[brahmacariya|梵行]]の[[pariyosāna|完了]]を[[diṭṭhadhamma|現法]]で自ら[[abhijānāti|証知]]して[[sacchikaroti|実証]]して[[upasampajjati|具足]]して住するであろうから。\\ | + | [[brahmacariya|梵行]]の[[pariyosāna|完了]]を[[diṭṭhadhamma|現法]]で自ら[[abhijānāti|証知]]して、[[sacchikaroti|実証]]して、[[upasampajjati|具足]]して住するであろうから。\\ |
| 比丘たちよ、私はこの比丘の、この[[appamāda|不放逸]]の[[phala|果]]を見るので、『[[appamāda|不放逸]]になされるべきことがある』と説く。\\ | 比丘たちよ、私はこの比丘の、この[[appamāda|不放逸]]の[[phala|果]]を見るので、『[[appamāda|不放逸]]になされるべきことがある』と説く。\\ | ||
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| この尊者が[[anuloma|順当]]に[[senāsana|坐臥処]]を受用し、[[kalyāṇamitta|善友]]たちに従い行き、[[indriya|諸根]]をよく統制するならば、おそらく、\\ | この尊者が[[anuloma|順当]]に[[senāsana|坐臥処]]を受用し、[[kalyāṇamitta|善友]]たちに従い行き、[[indriya|諸根]]をよく統制するならば、おそらく、\\ | ||
| 良家の子息が俗家から家無き者へと正しく出家する[[attha|目的]]である、その無上の\\ | 良家の子息が俗家から家無き者へと正しく出家する[[attha|目的]]である、その無上の\\ | ||
| - | [[brahmacariya|梵行]]の[[pariyosāna|完了]]を[[diṭṭhadhamma|現法]]で自ら[[abhijānāti|証知]]して[[sacchikaroti|実証]]して[[upasampajjati|具足]]して住するであろうから。\\ | + | [[brahmacariya|梵行]]の[[pariyosāna|完了]]を[[diṭṭhadhamma|現法]]で自ら[[abhijānāti|証知]]して、[[sacchikaroti|実証]]して、[[upasampajjati|具足]]して住するであろうから。\\ |
| 比丘たちよ、私はこの比丘の、この[[appamāda|不放逸]]の[[phala|果]]を見るので、『[[appamāda|不放逸]]になされるべきことがある』と説く。\\ | 比丘たちよ、私はこの比丘の、この[[appamāda|不放逸]]の[[phala|果]]を見るので、『[[appamāda|不放逸]]になされるべきことがある』と説く。\\ | ||
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| この尊者が[[anuloma|順当]]に[[senāsana|坐臥処]]を受用し、[[kalyāṇamitta|善友]]たちに従い行き、[[indriya|諸根]]をよく統制するならば、おそらく、\\ | この尊者が[[anuloma|順当]]に[[senāsana|坐臥処]]を受用し、[[kalyāṇamitta|善友]]たちに従い行き、[[indriya|諸根]]をよく統制するならば、おそらく、\\ | ||
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| - | [[brahmacariya|梵行]]の[[pariyosāna|完了]]を[[diṭṭhadhamma|現法]]で自ら[[abhijānāti|証知]]して[[sacchikaroti|実証]]して[[upasampajjati|具足]]して住するであろうから。\\ | + | [[brahmacariya|梵行]]の[[pariyosāna|完了]]を[[diṭṭhadhamma|現法]]で自ら[[abhijānāti|証知]]して、[[sacchikaroti|実証]]して、[[upasampajjati|具足]]して住するであろうから。\\ |
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| この尊者が[[anuloma|順当]]に[[senāsana|坐臥処]]を受用し、[[kalyāṇamitta|善友]]たちに従い行き、[[indriya|諸根]]をよく統制するならば、おそらく、\\ | この尊者が[[anuloma|順当]]に[[senāsana|坐臥処]]を受用し、[[kalyāṇamitta|善友]]たちに従い行き、[[indriya|諸根]]をよく統制するならば、おそらく、\\ | ||
| 良家の子息が俗家から家無き者へと正しく出家する[[attha|目的]]である、その無上の\\ | 良家の子息が俗家から家無き者へと正しく出家する[[attha|目的]]である、その無上の\\ | ||
| - | [[brahmacariya|梵行]]の[[pariyosāna|完了]]を[[diṭṭhadhamma|現法]]で自ら[[abhijānāti|証知]]して[[sacchikaroti|実証]]して[[upasampajjati|具足]]して住するであろうから。\\ | + | [[brahmacariya|梵行]]の[[pariyosāna|完了]]を[[diṭṭhadhamma|現法]]で自ら[[abhijānāti|証知]]して、[[sacchikaroti|実証]]して、[[upasampajjati|具足]]して住するであろうから。\\ |
| 比丘たちよ、私はこの比丘の、この[[appamāda|不放逸]]の[[phala|果]]を見るので、『[[appamāda|不放逸]]になされるべきことがある』と説く。\\ | 比丘たちよ、私はこの比丘の、この[[appamāda|不放逸]]の[[phala|果]]を見るので、『[[appamāda|不放逸]]になされるべきことがある』と説く。\\ | ||
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