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  しかもそのゴータマ尊者には、このような[[kalyāṇa|善き]]評判が昇っている。\\  しかもそのゴータマ尊者には、このような[[kalyāṇa|善き]]評判が昇っている。\\
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-『かの世尊は[[arahant|阿羅漢]]、[[sammāsambuddha|正等覚者]]、[[vijjā caraṇa sampanno|明行足]]、[[sugata|善逝]]、[[lokavidū|世間解]]、[[anuttaro purisa damma sārathi|無上の調御丈夫]]、[[satthā deva manussānaṃ|人師]]、[[buddha|仏陀]]、世尊である』と。\\+『かの世尊は[[arahant|阿羅漢]]、[[sammāsambuddha|正等覚者]]、[[vijjā caraṇa sampanno|明行足]]、[[sugata|善逝]]、[[lokavidū|世間解]]、[[anuttaro purisa damma sārathi|無上の調御丈夫]]、[[satthā deva manussānaṃ|神々と間の師]]、[[buddha|仏陀]]、世尊である』と。\\
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  彼は[[deva|神]]・[[māra|魔]]・[[brahmā|梵天]]を含む[[loka|生命]]に、沙門・婆羅門・王を含む人々に、自ら[[abhijānāti|証知]]して[[sacchikaroti|実証]]して知らせる。\\  彼は[[deva|神]]・[[māra|魔]]・[[brahmā|梵天]]を含む[[loka|生命]]に、沙門・婆羅門・王を含む人々に、自ら[[abhijānāti|証知]]して[[sacchikaroti|実証]]して知らせる。\\
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- 彼は、はじめ[[kalyāṇa|善く]]中間も[[kalyāṇa|善く]][[pariyosāna|結末]]も[[kalyāṇa|善い]]、[[attha|意味]]と[[vyañjana|文字]]をそなえた[[dhamma|法]]を説き、[[kevala|完全]]に円満で[[parisuddha|遍浄]]な[[brahmacariya|梵行]]を明らかにする。\\+ 彼は、はじめ[[kalyāṇa|善く]]中間も[[kalyāṇa|善く]][[pariyosāna|結末]]も[[kalyāṇa|善い]]、[[attha|意味]]と[[vyañjana|表現]]をそなえた[[dhamma|法]]を説き、[[kevala|完全]]に円満で[[parisuddha|遍浄]]な[[brahmacariya|梵行]]を明らかにする。\\
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  そしてそのような[[arahant|阿羅漢]]たちを見ることは[[sādhu|好運である]]」と。\\  そしてそのような[[arahant|阿羅漢]]たちを見ることは[[sādhu|好運である]]」と。\\
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  また、ある人々は[[tuṇhībhāva|沈黙]]して一隅に座った。\\  また、ある人々は[[tuṇhībhāva|沈黙]]して一隅に座った。\\
- 一隅に座ったサーラーの婆羅門や[[gahapati|居士]]たちに世尊はこうおっしゃった。\\+ 一隅に座ったサーラーの婆羅門や[[gahapati|居士]]たちに世尊はこう言われた。\\
 「[[gahapati|居士]]たちよ、さて君たちには誰か、その者への君たちの[[ākāra|正当]]な[[saddhā|信]]が[[paṭilābha|獲得]]されるような、[[manāpa|好まし]]い師がいるだろうか?」と。\\ 「[[gahapati|居士]]たちよ、さて君たちには誰か、その者への君たちの[[ākāra|正当]]な[[saddhā|信]]が[[paṭilābha|獲得]]されるような、[[manāpa|好まし]]い師がいるだろうか?」と。\\
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行 82: 行 82:
  このように[[micchādiṭṭhi|邪見]]に[[paccaya|縁りて]]、彼にはこれら複数の[[pāpa|悪しき]][[akusala|不善]][[dhamma|諸法]]が[[sambhava|生成]]する。\\  このように[[micchādiṭṭhi|邪見]]に[[paccaya|縁りて]]、彼にはこれら複数の[[pāpa|悪しき]][[akusala|不善]][[dhamma|諸法]]が[[sambhava|生成]]する。\\
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- [[gahapati|居士]]たちよ、そのとき、[[viññū|識者]]はこのように[[paṭisañcikkhati|熟慮]]する、\\+ [[gahapati|居士]]たちよ、そのとき、[[viññū|識者]]は、かく[[paṭisañcikkhati|熟慮]]する、\\
 『もし他[[loka|世界]]がないなら、このように現存するこの人物は、[[kāyika|身の]][[bheda|崩壊]]より[[atta|自己]]を平穏になすだろう。\\ 『もし他[[loka|世界]]がないなら、このように現存するこの人物は、[[kāyika|身の]][[bheda|崩壊]]より[[atta|自己]]を平穏になすだろう。\\
  もし他[[loka|世界]]があるなら、このように現存するこの人物は、[[kāyika|身の]][[bheda|崩壊]]より死後に、[[apāya|苦界]]・[[duggati|悪趣]]・[[vinipāta|堕処]]・[[niraya|地獄]]に[[upapajjati|再生]]するだろう。\\  もし他[[loka|世界]]があるなら、このように現存するこの人物は、[[kāyika|身の]][[bheda|崩壊]]より死後に、[[apāya|苦界]]・[[duggati|悪趣]]・[[vinipāta|堕処]]・[[niraya|地獄]]に[[upapajjati|再生]]するだろう。\\
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  このように[[sammadiṭṭhi|正見]]に[[paccaya|縁りて]]、彼にはこれら複数の[[kusala dhamma|善法]]が[[sambhava|生成]]する。\\  このように[[sammadiṭṭhi|正見]]に[[paccaya|縁りて]]、彼にはこれら複数の[[kusala dhamma|善法]]が[[sambhava|生成]]する。\\
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- [[gahapati|居士]]たちよ、そのとき、[[viññū|識者]]はこのように[[paṭisañcikkhati|熟慮]]する、\\+ [[gahapati|居士]]たちよ、そのとき、[[viññū|識者]]は、かく[[paṭisañcikkhati|熟慮]]する、\\
 『もし他[[loka|世界]]があるなら、このように現存するこの人物は、[[kāyika|身の]][[bheda|崩壊]]より死後に、[[suggati|善趣]]である天界に[[upapajjati|再生]]するだろう。\\ 『もし他[[loka|世界]]があるなら、このように現存するこの人物は、[[kāyika|身の]][[bheda|崩壊]]より死後に、[[suggati|善趣]]である天界に[[upapajjati|再生]]するだろう。\\
  しかし、よしんば他[[loka|世界]]がなく、かの現存する沙門、婆羅門たちの[[vācā|言葉]]が[[sacca|真実]]だとしても、\\  しかし、よしんば他[[loka|世界]]がなく、かの現存する沙門、婆羅門たちの[[vācā|言葉]]が[[sacca|真実]]だとしても、\\
mn60_1.1766260767.txt.gz · 最終更新: by h1roemon