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 『かくいう名の比丘が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\ 『かくいう名の比丘が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\
  彼は世尊により[[byākata|授記]]された。\\  彼は世尊により[[byākata|授記]]された。\\
- [[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[opapātika|化生者]]となり、そこで[[parinibbāna|般涅槃]]して、その[[loka|世界]]から還らざる[[dhamma|性質]]のものである』と。\\+ [[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[opapātika|化生者]]であり、そこで[[parinibbāna|般涅槃]]して、その[[loka|世界]]から還らざる[[dhamma|性質]]のものである』と。\\
  しかし(聞いた)彼にとって、その(死去した)尊者は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\  しかし(聞いた)彼にとって、その(死去した)尊者は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\
 『その尊者はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊者はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、\\ 『その尊者はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊者はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、\\
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 『かくいう名の比丘が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\ 『かくいう名の比丘が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\
  彼は世尊により[[byākata|授記]]された。\\  彼は世尊により[[byākata|授記]]された。\\
- [[ti saṃyojana|三結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[sotāpanna|預流]]、不[[vinipāta|堕処]]の[[dhamma|性質]]ある、[[niyata|決定者]]、[[sambodhi|等覚]][[parāyana|赴く]]者である』と。\\+ [[ti saṃyojana|三結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[sotāpanna|預流]]、不[[vinipāta|堕処]]の[[dhamma|性質]]ある、[[niyata|決定者]]、[[sambodhi|等覚]][[parāyana|赴く]]者である』と。\\
  しかし(聞いた)彼にとって、その(死去した)尊者は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\  しかし(聞いた)彼にとって、その(死去した)尊者は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\
 『その尊者はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊者はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、\\ 『その尊者はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊者はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、\\
行 60: 行 60:
 『かくいう名の比丘尼が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\ 『かくいう名の比丘尼が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\
  彼女は世尊により[[byākata|授記]]された。\\  彼女は世尊により[[byākata|授記]]された。\\
- [[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[opapātika|化生者]]となり、そこで[[parinibbāna|般涅槃]]して、その[[loka|世界]]から還らざる[[dhamma|性質]]のものである』と。\\+ [[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[opapātika|化生者]]であり、そこで[[parinibbāna|般涅槃]]して、その[[loka|世界]]から還らざる[[dhamma|性質]]のものである』と。\\
  しかし(聞いた)彼女にとって、その(死去した)尊女は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\  しかし(聞いた)彼女にとって、その(死去した)尊女は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\
 『その尊女はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊女はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、\\ 『その尊女はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊女はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、\\
行 84: 行 84:
 『かくいう名の比丘尼が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\ 『かくいう名の比丘尼が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\
  彼女は世尊により[[byākata|授記]]された。\\  彼女は世尊により[[byākata|授記]]された。\\
- [[ti saṃyojana|三結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[sotāpanna|預流]]、不[[vinipāta|堕処]]の[[dhamma|性質]]ある、[[niyata|決定者]]、[[sambodhi|等覚]][[parāyana|赴く]]者である』と。\\+ [[ti saṃyojana|三結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[sotāpanna|預流]]、不[[vinipāta|堕処]]の[[dhamma|性質]]ある、[[niyata|決定者]]、[[sambodhi|等覚]][[parāyana|赴く]]者である』と。\\
  しかし(聞いた)彼女にとって、その(死去した)尊女は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\  しかし(聞いた)彼女にとって、その(死去した)尊女は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\
 『その尊女はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊女はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、\\ 『その尊女はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊女はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、\\
行 96: 行 96:
 『かくいう名の[[upāsaka|優婆塞]]が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\ 『かくいう名の[[upāsaka|優婆塞]]が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\
  彼は世尊により[[byākata|授記]]された。\\  彼は世尊により[[byākata|授記]]された。\\
- [[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[opapātika|化生者]]となり、そこで[[parinibbāna|般涅槃]]して、その[[loka|世界]]から還らざる[[dhamma|性質]]のものである』と。\\+ [[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[opapātika|化生者]]であり、そこで[[parinibbāna|般涅槃]]して、その[[loka|世界]]から還らざる[[dhamma|性質]]のものである』と。\\
  しかし(聞いた)彼にとって、その(死去した)尊者は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\  しかし(聞いた)彼にとって、その(死去した)尊者は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\
 『その尊者はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊者はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、『その尊者はこのような[[pañña|慧]]者だった』と、『その尊者はこのような[[vihārī|住者]]だった』と、『その尊者はこのような[[vimutti|解脱者]]だった』と。\\ 『その尊者はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊者はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、『その尊者はこのような[[pañña|慧]]者だった』と、『その尊者はこのような[[vihārī|住者]]だった』と、『その尊者はこのような[[vimutti|解脱者]]だった』と。\\
行 117: 行 117:
 『かくいう名の[[upāsaka|優婆塞]]が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\ 『かくいう名の[[upāsaka|優婆塞]]が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\
  彼は世尊により[[byākata|授記]]された。\\  彼は世尊により[[byākata|授記]]された。\\
- [[ti saṃyojana|三結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[sotāpanna|預流]]、不[[vinipāta|堕処]]の[[dhamma|性質]]ある、[[niyata|決定者]]、[[sambodhi|等覚]][[parāyana|赴く]]者である』と。\\+ [[ti saṃyojana|三結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[sotāpanna|預流]]、不[[vinipāta|堕処]]の[[dhamma|性質]]ある、[[niyata|決定者]]、[[sambodhi|等覚]][[parāyana|赴く]]者である』と。\\
  しかし(聞いた)彼にとって、その(死去した)尊者は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\  しかし(聞いた)彼にとって、その(死去した)尊者は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\
 『その尊者はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊者はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、\\ 『その尊者はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊者はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、\\
行 129: 行 129:
 『かくいう名の[[upāsikā|優婆夷]]が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\ 『かくいう名の[[upāsikā|優婆夷]]が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\
  彼女は世尊により[[byākata|授記]]された。\\  彼女は世尊により[[byākata|授記]]された。\\
- [[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[opapātika|化生者]]となり、そこで[[parinibbāna|般涅槃]]して、その[[loka|世界]]から還らざる[[dhamma|性質]]のものである』と。\\+ [[orambhāgiya-saṃyojana|五下分結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[opapātika|化生者]]であり、そこで[[parinibbāna|般涅槃]]して、その[[loka|世界]]から還らざる[[dhamma|性質]]のものである』と。\\
  しかし(聞いた)彼女にとって、その(死去した)尊女は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\  しかし(聞いた)彼女にとって、その(死去した)尊女は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\
 『その尊女はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊女はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、\\ 『その尊女はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊女はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、\\
行 154: 行 154:
 『かくいう名の[[upāsikā|優婆夷]]が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\ 『かくいう名の[[upāsikā|優婆夷]]が[[kālamkaroti|最期を迎え]]た。\\
  彼女は世尊により[[byākata|授記]]された。\\  彼女は世尊により[[byākata|授記]]された。\\
- [[ti saṃyojana|三結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[sotāpanna|預流]]、不[[vinipāta|堕処]]の[[dhamma|性質]]ある、[[niyata|決定者]]、[[sambodhi|等覚]][[parāyana|赴く]]者である』と。\\+ [[ti saṃyojana|三結]]の[[parikkhaya|遍尽]]ゆえに[[sotāpanna|預流]]、不[[vinipāta|堕処]]の[[dhamma|性質]]ある、[[niyata|決定者]]、[[sambodhi|等覚]][[parāyana|赴く]]者である』と。\\
  しかし(聞いた)彼女にとって、その(死去した)尊女は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\  しかし(聞いた)彼女にとって、その(死去した)尊女は、自ら見たこと、あるいは伝聞が聞かれたことがある(とする)。\\
 『その尊女はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊女はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、『その尊女はこのような[[pañña|慧]]ある者だった』と、『その尊女はこのような[[vihārī|住者]]だった』と、『その尊女はこのような[[vimutti|解脱者]]だった』と。\\ 『その尊女はこのような[[sīla|戒]]ある者だった』と、『その尊女はこのような[[dhamma|法]]ある者だった』と、『その尊女はこのような[[pañña|慧]]ある者だった』と、『その尊女はこのような[[vihārī|住者]]だった』と、『その尊女はこのような[[vimutti|解脱者]]だった』と。\\
行 166: 行 166:
  彼らはそれ(授記)を聞いて、その[[attha|目的]]のため[[citta|心]]を集中する。\\  彼らはそれ(授記)を聞いて、その[[attha|目的]]のため[[citta|心]]を集中する。\\
  アヌルッダたちよ、それは長きにわたり彼らの恩恵と[[sukha|幸福]]のためになる」と。\\  アヌルッダたちよ、それは長きにわたり彼らの恩恵と[[sukha|幸福]]のためになる」と。\\
- 世尊はこうおっしゃった。\\+ 世尊はこう言われた。\\
  意に適ったアヌルッダ尊者は、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\  意に適ったアヌルッダ尊者は、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\
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mn68_2.1759549377.txt.gz · 最終更新: by h1roemon