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 catu:四つの + vesārajja:[[vesārajja|無所畏]](自信のある、怖じ気づかない)\\ catu:四つの + vesārajja:[[vesārajja|無所畏]](自信のある、怖じ気づかない)\\
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 一般的には**如来の四無畏**という言葉で知られています。ブッダの言葉を[[mn12_1]]から抜粋します。\\ 一般的には**如来の四無畏**という言葉で知られています。ブッダの言葉を[[mn12_1]]から抜粋します。\\
   -『君は[[sammāsambuddha|正等覚者]]を自称するが、これらの[[dhamma|法]]は[[abhisambuddha|現等覚]]されていない』と、   -『君は[[sammāsambuddha|正等覚者]]を自称するが、これらの[[dhamma|法]]は[[abhisambuddha|現等覚]]されていない』と、
-  -『君は[[khīṇāsava|漏尽者]]を自称するが、これらの[[āsava|諸漏]]は[[parikkhīṇa|尽]]ていない』と、+  -『君は[[khīṇāsava|漏尽者]]を自称するが、これらの[[āsava|諸漏]]は[[parikkhaya|尽き果]]ていない』と、
   -『しかし、君により説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]。それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』と、   -『しかし、君により説かれた[[antarāya|障害]]となる[[dhamma|諸法]]。それらは受用する者にとって必ずしも[[antarāya|障害]]ではない』と、
   -『しかし、その[[attha|目的]]のために君により説かれた[[dhamma|法]]。それは実行者の正しい[[dukkha|苦]]の[[khaya|尽滅]]へと救出しない』と、   -『しかし、その[[attha|目的]]のために君により説かれた[[dhamma|法]]。それは実行者の正しい[[dukkha|苦]]の[[khaya|尽滅]]へと救出しない』と、
-じつにこの[[loka|世界]]の中で沙門、婆羅門、天、[[māra|魔]]、[[brahmā|梵天]]の誰であれ[[sahadhamma|法]]により私を叱責するであろうという、この[[nimitta|有様]]を私は[[samanupassati|見出]]さない。私はこの[[nimitta|有様]]を[[samanupassati|見出]]すことなく、安穏に至り、[[abhaya|無畏]]に至り、[[vesārajja|無所畏]]に至って住する。+じつにこの[[loka|世界]]の中で沙門、婆羅門、天、[[māra|魔]]、[[brahmā|梵天]]の誰であれ[[sahadhammika|法に則]]って私を叱責するであろうという、この[[nimitta|有様]]を私は[[samanupassati|見出]]さない。私はこの[[nimitta|有様]]を[[samanupassati|見出]]すことなく、安穏に至り、[[abhaya|無畏]]に至り、[[vesārajja|無所畏]]に至って住する。
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-{{page>sn12.21#※1}} +{{include:sn12.21#5-5}}
  
catuvesarajja.1691803638.txt.gz · 最終更新: by h1roemon