mn26_6
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| [[kāya|身]]により[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]。\\ | [[kāya|身]]により[[vijānati|識ら]]れる、望ましき、所愛の、[[manāpa|好み]]の、[[piyarūpa|愛しき]]、[[kāma|欲]]を近寄せ、[[rajjati|魅了]]する[[phoṭṭhabba|諸接触]]。\\ | ||
| 比丘たちよ、これらが[[pañcakāmaguṇa|五欲]]である。\\ | 比丘たちよ、これらが[[pañcakāmaguṇa|五欲]]である。\\ | ||
| - | 比丘たちよ、沙門、婆羅門の誰であれ、これら[[pañcakāmaguṇa|五欲]]に[[gantha|繋が]]れ夢中になって捕らえられ、[[ādīnava|危難]]を[[dassana|見]]ず、[[nissaraṇa|出離]]の[[pañña|智慧]]なく享受する者たち。彼らはこのようであると[[vedayati|知られ]]るべきである。\\ | + | 比丘たちよ、沙門、婆羅門の誰であれ、これら[[pañcakāmaguṇa|五欲]]に[[gantha|繋が]]れ夢中になって捕らえられ、[[ādīnava|危難]]を[[dassana|見]]ず、[[nissaraṇa|出離]]の[[pañña|智慧]]なく享受する者たち。彼らはこのようであると[[veditabba|知られるべき]]である。\\ |
| 『不幸に[[āpajjati|陥った]]、災難に[[āpajjati|陥った]]、[[pāpimant|悪しき者]]の欲しいままにされる者』\\ | 『不幸に[[āpajjati|陥った]]、災難に[[āpajjati|陥った]]、[[pāpimant|悪しき者]]の欲しいままにされる者』\\ | ||
| \\ | \\ | ||
| たとえば比丘たちよ、林に住む鹿が(欲に)[[bandhana|拘束]]されて罠の集まりの上に座るとしよう。\\ | たとえば比丘たちよ、林に住む鹿が(欲に)[[bandhana|拘束]]されて罠の集まりの上に座るとしよう。\\ | ||
| - | その鹿はこのようであると[[vedayati|知られ]]るべきである。\\ | + | その鹿はこのようであると[[veditabba|知られるべき]]である。\\ |
| 『不幸に[[āpajjati|陥った]]、災難に[[āpajjati|陥った]]、猟師の欲しいままにされる(鹿)。\\ | 『不幸に[[āpajjati|陥った]]、災難に[[āpajjati|陥った]]、猟師の欲しいままにされる(鹿)。\\ | ||
| たとえ猟師が来ても、欲するところに立ち去ろうとしない』と。\\ | たとえ猟師が来ても、欲するところに立ち去ろうとしない』と。\\ | ||
| - | まさにそのように比丘たちよ、沙門、婆羅門の誰であれ、これら[[pañcakāmaguṇa|五欲]]に[[gantha|繋が]]れ夢中になって捕らえられ、[[ādīnava|危難]]を[[dassana|見]]ず、[[nissaraṇa|出離]]の[[pañña|智慧]]なく享受する者たち。彼らはこのようであると[[vedayati|知られ]]るべきである。\\ | + | まさにそのように比丘たちよ、沙門、婆羅門の誰であれ、これら[[pañcakāmaguṇa|五欲]]に[[gantha|繋が]]れ夢中になって捕らえられ、[[ādīnava|危難]]を[[dassana|見]]ず、[[nissaraṇa|出離]]の[[pañña|智慧]]なく享受する者たち。彼らはこのようであると[[veditabba|知られるべき]]である。\\ |
| 『不幸に[[āpajjati|陥った]]、災難に[[āpajjati|陥った]]、[[pāpimant|悪しき者]]の欲しいままにされる者』\\ | 『不幸に[[āpajjati|陥った]]、災難に[[āpajjati|陥った]]、[[pāpimant|悪しき者]]の欲しいままにされる者』\\ | ||
| - | 比丘たちよ、沙門、婆羅門の誰であれ、これら[[pañcakāmaguṇa|五欲]]に[[gantha|繋が]]れず夢中にならず捕らわれず、[[ādīnava|危難]]を見て[[nissaraṇa|出離]]の[[pañña|智慧]]ありて享受する者たち。彼らはこのようであると[[vedayati|知られ]]るべきである。\\ | + | 比丘たちよ、沙門、婆羅門の誰であれ、これら[[pañcakāmaguṇa|五欲]]に[[gantha|繋が]]れず夢中にならず捕らわれず、[[ādīnava|危難]]を見て[[nissaraṇa|出離]]の[[pañña|智慧]]ありて享受する者たち。彼らはこのようであると[[veditabba|知られるべき]]である。\\ |
| 『不幸に[[āpajjati|陥ら]]ず、災難に[[āpajjati|陥ら]]ない、[[pāpimant|悪しき者]]の欲しいままにされない者』\\ | 『不幸に[[āpajjati|陥ら]]ず、災難に[[āpajjati|陥ら]]ない、[[pāpimant|悪しき者]]の欲しいままにされない者』\\ | ||
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| たとえば比丘たちよ、林に住む鹿が(欲に)[[bandhana|拘束]]されず罠の集まりの上に座るとしよう。\\ | たとえば比丘たちよ、林に住む鹿が(欲に)[[bandhana|拘束]]されず罠の集まりの上に座るとしよう。\\ | ||
| - | その鹿はこのようであると[[vedayati|知られ]]るべきである。\\ | + | その鹿はこのようであると[[veditabba|知られるべき]]である。\\ |
| 『不幸に[[āpajjati|陥ら]]ず、災難に[[āpajjati|陥ら]]ず、猟師の欲しいままにされない(鹿)。\\ | 『不幸に[[āpajjati|陥ら]]ず、災難に[[āpajjati|陥ら]]ず、猟師の欲しいままにされない(鹿)。\\ | ||
| たとえ猟師が来ても、欲するところに立ち去るであろう』と。\\ | たとえ猟師が来ても、欲するところに立ち去るであろう』と。\\ | ||
| - | まさにそのように比丘たちよ、沙門、婆羅門の誰であれ、これら[[pañcakāmaguṇa|五欲]]に[[gantha|繋が]]れず夢中にならず捕らわれず、[[ādīnava|危難]]を見て[[nissaraṇa|出離]]の[[pañña|智慧]]ありて享受する者たち。彼らはこのようであると[[vedayati|知られ]]るべきである。\\ | + | まさにそのように比丘たちよ、沙門、婆羅門の誰であれ、これら[[pañcakāmaguṇa|五欲]]に[[gantha|繋が]]れず夢中にならず捕らわれず、[[ādīnava|危難]]を見て[[nissaraṇa|出離]]の[[pañña|智慧]]ありて享受する者たち。彼らはこのようであると[[veditabba|知られるべき]]である。\\ |
| 『不幸に[[āpajjati|陥ら]]ず、災難に[[āpajjati|陥ら]]ない、[[pāpimant|悪しき者]]の欲しいままにされない者』\\ | 『不幸に[[āpajjati|陥ら]]ず、災難に[[āpajjati|陥ら]]ない、[[pāpimant|悪しき者]]の欲しいままにされない者』\\ | ||
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| 行 43: | 行 43: | ||
| 比丘たちよ、この比丘は魔を盲目にした者、足跡なく悪魔の目を打って見えなくした者と呼ばれる。\\ | 比丘たちよ、この比丘は魔を盲目にした者、足跡なく悪魔の目を打って見えなくした者と呼ばれる。\\ | ||
| \\ | \\ | ||
| - | そしてさらに比丘たちよ、比丘は[[sukha|楽]]の[[pahāna|断]]により、[[dukkha|苦]]の[[pahāna|断]]により、これまでの[[somanassa|嬉]]・[[domanassa|心苦]]のまさに[[atthaṅgama|消滅]]により、[[adukkhamasukha|不苦不楽]]の・[[parisuddha|遍浄]]な[[upekkhati|捨]]と[[sati|念]]ある[[catutthajhāna|第四禅]]を[[upasampajjati|成就]]して住する。\\ | + | そしてさらに比丘たちよ、比丘は[[sukha|楽]]の[[pahāna|断]]により、[[dukkha|苦]]の[[pahāna|断]]により、これまでの[[somanassa|嬉]]・[[domanassa|憂]]のまさに[[atthaṅgama|消滅]]により、[[adukkhamasukha|不苦不楽]]の・[[parisuddha|遍浄]]な[[upekkhati|捨]]と[[sati|念]]ある[[catutthajhāna|第四禅]]を[[upasampajjati|成就]]して住する。\\ |
| 比丘たちよ、この比丘は魔を盲目にした者、足跡なく悪魔の目を打って見えなくした者と呼ばれる。\\ | 比丘たちよ、この比丘は魔を盲目にした者、足跡なく悪魔の目を打って見えなくした者と呼ばれる。\\ | ||
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| 行 65: | 行 65: | ||
| それはなぜか?\\ | それはなぜか?\\ | ||
| 比丘たちよ、[[pāpimant|悪しき者]]の認識範囲に行かないから」と。\\ | 比丘たちよ、[[pāpimant|悪しき者]]の認識範囲に行かないから」と。\\ | ||
| - | 世尊はこうおっしゃった。\\ | + | 世尊はこう言われた。\\ |
| 意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | 意に適った彼ら比丘たちは、世尊の所説に[[abhinandati|歓喜]]したという。\\ | ||
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mn26_6.1764033507.txt.gz · 最終更新: by h1roemon
