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| 行 9: | 行 9: | ||
| 近づいて世尊と挨拶を交わした。\\ | 近づいて世尊と挨拶を交わした。\\ | ||
| 喜ばしい挨拶の話を交わし一隅に立った。\\ | 喜ばしい挨拶の話を交わし一隅に立った。\\ | ||
| - | 一隅に立ったジャイナ(教徒)のディーガ・タパッシンに、世尊はこうおっしゃった。\\ | + | 一隅に立ったジャイナ(教徒)のディーガ・タパッシンに、世尊はこう言われた。\\ |
| 「タパッシンよ、座処はいくつもある。\\ | 「タパッシンよ、座処はいくつもある。\\ | ||
| - | もし望むなら、座られよ。」と。\\ | + | もし望むなら、座られよ」と。\\ |
| こう言われてジャイナ(教徒)のディーガ・タパッシンは、とある低い座処を取り一隅に座った。\\ | こう言われてジャイナ(教徒)のディーガ・タパッシンは、とある低い座処を取り一隅に座った。\\ | ||
| - | 一隅に座ったジャイナ(教徒)のディーガ・タパッシンに、世尊はこうおっしゃった。\\ | + | 一隅に座ったジャイナ(教徒)のディーガ・タパッシンに、世尊はこう言われた。\\ |
| 「さてタパッシンよ、ニガンタ・ナータプッタは悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、いくつの[[kamma|業]]を[[paññāpeti|告知]]するのか?」と。\\ | 「さてタパッシンよ、ニガンタ・ナータプッタは悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、いくつの[[kamma|業]]を[[paññāpeti|告知]]するのか?」と。\\ | ||
| 「尊者ゴータマよ、ニガンタ・ナータプッタには『[[kamma|業]]、[[kamma|業]]が[[ācaya|集積]]された』との[[paññāpeti|告知]]はなく、\\ | 「尊者ゴータマよ、ニガンタ・ナータプッタには『[[kamma|業]]、[[kamma|業]]が[[ācaya|集積]]された』との[[paññāpeti|告知]]はなく、\\ | ||
| - | 尊者ゴータマよ、ニガンタ・ナータプッタには『罰、罰が[[ācaya|集積]]された』との[[paññāpeti|告知]]がある。」と。\\ | + | 尊者ゴータマよ、ニガンタ・ナータプッタには『罰、罰が[[ācaya|集積]]された』との[[paññāpeti|告知]]がある」と。\\ |
| 「それではタパッシンよ、ニガンタ・ナータプッタは悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、いくつの罰を[[paññāpeti|告知]]するのか?」と。\\ | 「それではタパッシンよ、ニガンタ・ナータプッタは悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、いくつの罰を[[paññāpeti|告知]]するのか?」と。\\ | ||
| 「尊者ゴータマよ、ニガンタ・ナータプッタは悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、三つの罰を[[paññāpeti|告知]]する。すなわち、\\ | 「尊者ゴータマよ、ニガンタ・ナータプッタは悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、三つの罰を[[paññāpeti|告知]]する。すなわち、\\ | ||
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| - | [[kāya|身]]罰、[[vācā|語]]罰、[[mano|意]]罰である。」と。\\ | + | [[kāya|身]]罰、[[vācā|語]]罰、[[mano|意]]罰である」と。\\ |
| 「タパッシンよ、それでは[[kāya|身]]罰、[[vācā|語]]罰、[[mano|意]]罰はそれぞれ異なるのか?」と。\\ | 「タパッシンよ、それでは[[kāya|身]]罰、[[vācā|語]]罰、[[mano|意]]罰はそれぞれ異なるのか?」と。\\ | ||
| - | 「尊者ゴータマよ、[[kāya|身]]罰、[[vācā|語]]罰、[[mano|意]]罰はそれぞれ異なる。」と。\\ | + | 「尊者ゴータマよ、[[kāya|身]]罰、[[vācā|語]]罰、[[mano|意]]罰はそれぞれ異なる」と。\\ |
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| 「それではタパッシンよ、そのように不均等でそのように特殊なこれら三罰の、悪い[[caraṇa|行為]]の所作、悪い[[caraṇa|行為]]の転起については、どの罰がより大きな有罪であると、ニガンタ・ナータプッタは[[paññāpeti|告知]]するのか、\\ | 「それではタパッシンよ、そのように不均等でそのように特殊なこれら三罰の、悪い[[caraṇa|行為]]の所作、悪い[[caraṇa|行為]]の転起については、どの罰がより大きな有罪であると、ニガンタ・ナータプッタは[[paññāpeti|告知]]するのか、\\ | ||
| [[kāya|身]]罰か、[[vācā|語]]罰か、あるいは[[mano|意]]罰だろうか?」と。\\ | [[kāya|身]]罰か、[[vācā|語]]罰か、あるいは[[mano|意]]罰だろうか?」と。\\ | ||
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| - | 「尊者ゴータマよ、そのように不均等でそのように特殊なこれら三罰の、悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、[[kāya|身]]罰がより大きな有罪であるとニガンタ・ナータプッタは[[paññāpeti|告知]]する。[[vācā|語]]罰はそうではなく、[[mano|意]]罰はそうではない。」と。\\ | + | 「尊者ゴータマよ、そのように不均等でそのように特殊なこれら三罰の、悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、[[kāya|身]]罰がより大きな有罪であるとニガンタ・ナータプッタは[[paññāpeti|告知]]する。[[vācā|語]]罰はそうではなく、[[mano|意]]罰はそうではない」と。\\ |
| 「タパッシンよ、[[kāya|身]]罰と言うのか?」\\ | 「タパッシンよ、[[kāya|身]]罰と言うのか?」\\ | ||
| 「尊者ゴータマよ、[[kāya|身]]罰と私は言う。」\\ | 「尊者ゴータマよ、[[kāya|身]]罰と私は言う。」\\ | ||
| 行 33: | 行 33: | ||
| 「尊者ゴータマよ、[[kāya|身]]罰と私は言う。」\\ | 「尊者ゴータマよ、[[kāya|身]]罰と私は言う。」\\ | ||
| 「タパッシンよ、[[kāya|身]]罰と言うのか?」\\ | 「タパッシンよ、[[kāya|身]]罰と言うのか?」\\ | ||
| - | 「尊者ゴータマよ、[[kāya|身]]罰と私は言う。」と。\\ | + | 「尊者ゴータマよ、[[kāya|身]]罰と私は言う」と。\\ |
| このように世尊は、[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンに、この論の根拠について三度までも[[patiṭṭhita|確認]]させられた。\\ | このように世尊は、[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンに、この論の根拠について三度までも[[patiṭṭhita|確認]]させられた。\\ | ||
| このように言われた[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンは、世尊にこう言った。\\ | このように言われた[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンは、世尊にこう言った。\\ | ||
| 「それでは尊者ゴータマよ、あなたは悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、いくつの罰を[[paññāpeti|告知]]するのか?」と。\\ | 「それでは尊者ゴータマよ、あなたは悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、いくつの罰を[[paññāpeti|告知]]するのか?」と。\\ | ||
| 「タパッシンよ、[[tathāgata|如来]]には『罰、罰が[[ācaya|集積]]された』との[[paññāpeti|告知]]はなく、\\ | 「タパッシンよ、[[tathāgata|如来]]には『罰、罰が[[ācaya|集積]]された』との[[paññāpeti|告知]]はなく、\\ | ||
| - | タパッシンよ、[[tathāgata|如来]]には『[[kamma|業]]、[[kamma|業]]が[[ācaya|集積]]された』との[[paññāpeti|告知]]がある。」と。\\ | + | タパッシンよ、[[tathāgata|如来]]には『[[kamma|業]]、[[kamma|業]]が[[ācaya|集積]]された』との[[paññāpeti|告知]]がある」と。\\ |
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| 「それでは尊者ゴータマよ、あなたは悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、いくつの[[kamma|業]]を[[paññāpeti|告知]]するのか?」と。\\ | 「それでは尊者ゴータマよ、あなたは悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、いくつの[[kamma|業]]を[[paññāpeti|告知]]するのか?」と。\\ | ||
| 「タパッシンよ、私は悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、三つの[[kamma|業]]を[[paññāpeti|告知]]する。すなわち、\\ | 「タパッシンよ、私は悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、三つの[[kamma|業]]を[[paññāpeti|告知]]する。すなわち、\\ | ||
| - | [[kāya|身]][[kamma|業]]、[[vācā|語]][[kamma|業]]、[[mano|意]][[kamma|業]]である。」と。\\ | + | [[kāya|身]][[kamma|業]]、[[vācā|語]][[kamma|業]]、[[mano|意]][[kamma|業]]である」と。\\ |
| 「それでは尊者ゴータマよ、[[kāya|身]][[kamma|業]]、[[vācā|語]][[kamma|業]]、[[mano|意]][[kamma|業]]はそれぞれ異なるのか?」と。\\ | 「それでは尊者ゴータマよ、[[kāya|身]][[kamma|業]]、[[vācā|語]][[kamma|業]]、[[mano|意]][[kamma|業]]はそれぞれ異なるのか?」と。\\ | ||
| - | 「タパッシンよ、[[kāya|身]][[kamma|業]]、[[vācā|語]][[kamma|業]]、[[mano|意]][[kamma|業]]はそれぞれ異なる。」と。\\ | + | 「タパッシンよ、[[kāya|身]][[kamma|業]]、[[vācā|語]][[kamma|業]]、[[mano|意]][[kamma|業]]はそれぞれ異なる」と。\\ |
| \\ | \\ | ||
| 「それでは尊者ゴータマよ、そのように不均等でそのように特殊なこれら三[[kamma|業]]の、悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、どちらの[[kamma|業]]がより大きな有罪であるとあなたは[[paññāpeti|告知]]するのか?[[kāya|身]][[kamma|業]]か、[[vācā|語]][[kamma|業]]か、あるいは[[mano|意]][[kamma|業]]だろうか?」と。\\ | 「それでは尊者ゴータマよ、そのように不均等でそのように特殊なこれら三[[kamma|業]]の、悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、どちらの[[kamma|業]]がより大きな有罪であるとあなたは[[paññāpeti|告知]]するのか?[[kāya|身]][[kamma|業]]か、[[vācā|語]][[kamma|業]]か、あるいは[[mano|意]][[kamma|業]]だろうか?」と。\\ | ||
| 「タパッシンよ、そのように不均等でそのように特殊なこれら三[[kamma|業]]の、悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、[[mano|意]][[kamma|業]]がより大きな有罪であると私は[[paññāpeti|告知]]する。\\ | 「タパッシンよ、そのように不均等でそのように特殊なこれら三[[kamma|業]]の、悪い[[kamma|行為]]の所作、悪い[[kamma|行為]]の転起については、[[mano|意]][[kamma|業]]がより大きな有罪であると私は[[paññāpeti|告知]]する。\\ | ||
| - | [[kāya|身]][[kamma|業]]はそうでなく、[[vācā|語]][[kamma|業]]はそうではない。」と。\\ | + | [[kāya|身]][[kamma|業]]はそうでなく、[[vācā|語]][[kamma|業]]はそうではない」と。\\ |
| 「尊者ゴータマよ、[[mano|意]][[kamma|業]]と言うのか?」\\ | 「尊者ゴータマよ、[[mano|意]][[kamma|業]]と言うのか?」\\ | ||
| 「タパッシンよ、[[mano|意]][[kamma|業]]と私は言う。」\\ | 「タパッシンよ、[[mano|意]][[kamma|業]]と私は言う。」\\ | ||
| 行 54: | 行 54: | ||
| 「タパッシンよ、[[mano|意]][[kamma|業]]と私は言う。」\\ | 「タパッシンよ、[[mano|意]][[kamma|業]]と私は言う。」\\ | ||
| 「尊者ゴータマよ、[[mano|意]][[kamma|業]]と言うのか?」\\ | 「尊者ゴータマよ、[[mano|意]][[kamma|業]]と言うのか?」\\ | ||
| - | 「タパッシンよ、[[mano|意]][[kamma|業]]と私は言う。」と。\\ | + | 「タパッシンよ、[[mano|意]][[kamma|業]]と私は言う」と。\\ |
| このように[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンは世尊に、この論の根拠について三度までも[[patiṭṭhita|確認]]させて、座から立ち上がりニガンタ・ナータプッタに近づいた。\\ | このように[[nigaṇṭha|ニガンタ派]]のディーガ・タパッシンは世尊に、この論の根拠について三度までも[[patiṭṭhita|確認]]させて、座から立ち上がりニガンタ・ナータプッタに近づいた。\\ | ||
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