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sn35.138[SNiv,128]『第一非汝達所経』(だいいちひなんたつしょきょう、 Paṭhamanatumhākaṃsuttaṃ、パタマナトゥンハーカン・スッタ)
「比丘たちよ、君たちのではないもの。それを断じなさい。
それが断じられることは、君たちの恩恵と幸福のためになるだろう。
それでは比丘たちよ、何が君たちのものでないのか?
比丘たちよ、眼は君たちのものでない。
それを断じなさい。
それが断じられることは、君たちの恩恵と幸福のためになるだろう。
比丘たちよ、耳は君たちのものでない。
それを断じなさい。
それが断じられることは、君たちの利益と楽のためになるだろう。
比丘たちよ、鼻は君たちのものでない。
それを断じなさい。
それが断じられることは、君たちの利益と楽のためになるだろう。
舌は君たちのものでない。
それを断じなさい。
それが断じられることは、君たちの恩恵と幸福のためになるだろう。
意は君たちのものでない。
それを断じなさい。
それが断じられることは、君たちの恩恵と幸福のためになるだろう。
たとえば比丘たちよ、ここジェータ林にある草木・枝葉。人々がそれを運び、燃やし、必要に応じて使うとしよう。いったい君たちにはこのような(思い)があるだろうか?
『人々が我々を運び、燃やし、必要に応じて使っている。』」と。
「いいえ、尊者よ」
「それはなぜだろうか?」
「なぜなら尊者よ、それは我々の我や、我所でないからです。」と。
「まさにそのように比丘たちよ、眼は君たちのものでない。
それを断じなさい。
それが断じられることは、君たちの恩恵と幸福のためになるだろう。
… 中略 …
舌は君たちのものでない。
それを断じなさい。
それが断じられることは、君たちの恩恵と幸福のためになるだろう。
… 中略 …
意は君たちのものでない。
それを断じなさい。
それが断じられることは、君たちの恩恵と幸福のためになるだろう。」と。
‘‘Yaṃ, bhikkhave, na tumhākaṃ taṃ pajahatha.
Taṃ vo pahīnaṃ hitāya sukhāya bhavissati.
Kiñca, bhikkhave, na tumhākaṃ?
Cakkhu, bhikkhave, na tumhākaṃ;
taṃ pajahatha.
Taṃ vo pahīnaṃ hitāya sukhāya bhavissati…pe…
jivhā na tumhākaṃ;
taṃ pajahatha.
Sā vo pahīnā hitāya sukhāya bhavissati…pe…
mano na tumhākaṃ;
taṃ pajahatha.
So vo pahīno hitāya sukhāya bhavissati.
Seyyathāpi, bhikkhave, yaṃ imasmiṃ jetavane tiṇakaṭṭhasākhāpalāsaṃ taṃ jano hareyya vā ḍaheyya vā yathāpaccayaṃ vā kareyya, api nu tumhākaṃ evamassa .
‘amhe jano harati vā ḍahati vā yathāpaccayaṃ vā karotī’’’ti?
‘‘No hetaṃ, bhante’’.
‘‘Taṃ kissa hetu’’?
‘‘Na hi no etaṃ, bhante, attā vā attaniyaṃ vā’’ti.
‘‘Evameva kho, bhikkhave, cakkhu na tumhākaṃ;
taṃ pajahatha.
Taṃ vo pahīnaṃ hitāya sukhāya bhavissati…pe…
jivhā na tumhākaṃ;
taṃ pajahatha.
Sā vo pahīnā hitāya sukhāya bhavissati…pe…
mano na tumhākaṃ;
taṃ pajahatha.
So vo pahīno hitāya sukhāya bhavissatī’’ti.
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