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| appiyarupa [2021/05/13 07:20] – 作成 - 外部編集 127.0.0.1 | appiyarupa [2025/12/13 08:11] (現在) – h1roemon |
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| そこでいっそのことrūpaを虚辞と考えてみたいと思います。rūpaを虚辞的に使う言葉はたくさんあります。たとえばpaṭirūpa:適当の・ふさわしい、evarūpa:このような、kathaṃrūpa:どのような等です。ここでは、とりあえず**嫌な**を訳語としておきます。\\ | そこでいっそのことrūpaを虚辞と考えてみたいと思います。rūpaを虚辞的に使う言葉はたくさんあります。たとえばpaṭirūpa:適当の・ふさわしい、evarūpa:このような、kathaṃrūpa:どのような等です。ここでは、とりあえず**嫌な**を訳語としておきます。\\ |
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| [[sn35.132]]:「ここに婆羅門よ、ある者は[[cakkhu|眼]]により[[rūpa|色]]を見ると、[[piyarūpa|愛しき]][[rūpa|色]]に[[adhimuccati|志向]]し、[[appiyarūpa|嫌な]][[rūpa|色]]に[[vyāpāda|悪意]]をもち、[[kāya|身]]に[[sati|念]]の[[upaṭṭhāti|現前]]しない小さい[[citta|心]]の者として住する。そして彼に生じたそれら[[pāpa|悪しき]][[akusala|不善]]の[[dhamma|諸法]]が残りなく[[nirujjhati|滅す]]るところである、かの[[cetovimutti|心解脱]]・[[paññāvimutti|慧解脱]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]しない。」\\ | [[sn35.132]]:「ここに婆羅門よ、ある者は[[cakkhu|眼]]で[[rūpa|色]]を見ると、[[piyarūpa|愛しき]][[rūpa|色]]に[[adhimuccati|志向]]し、[[appiyarūpa|嫌な]][[rūpa|色]]に[[vyāpāda|悪意]]をもち、[[kāya|身]]に[[sati|念]]の[[upaṭṭhāti|現前]]しない小さい[[citta|心]]の者として住する。そして彼に生じたそれら[[pāpa|悪しき]][[akusala|不善]][[dhamma|諸法]]が残りなく[[nirodha|滅す]]るところである、かの[[cetovimutti|心解脱]]・[[paññāvimutti|慧解脱]]を[[yathābhūta|如実]]に[[pajānāti|了知]]しない。」\\ |