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samuṭṭhana
samuṭṭhānasamuṭṭhāti
発動発動する

:d: 等起, 起立 rising, origination, cause; as adj. (-°) arising from


saṃ:共に、同じ、等しく + uṭṭhāna:起立、起源、奮起 

表記の訳語は、用例から類推して決めたものです。

類語 nidāna:起因

■■■■■ samuṭṭhāna の整理メモ(ChatGPTの意見) ■■■■■
samuṭṭhāna は「sam + uṭṭhāna」に由来するパーリ語で、「共に立ち上がること」「生起」「発現」などの意味を持つ。
動詞形は「samuṭṭhahati(生じる、起き上がる)」であり、名詞化したものが samuṭṭhāna(生起、生成、発動)である。

語義として中心になるのは以下の2点:
1. 生起そのもの:ある現象が立ち現れること(例:vedanā の samuṭṭhāna)
2. 何かから生じたもの:~に由来して、~を原因として生じたもの(例:pittasamuṭṭhānaṃ vedayitaṃ)

この語には「等起(とうき)」という訳語が当てられることがあるが、これは主にアビダンマ(論蔵)の技術用語において用いられる。
具体的には、アビダンマにおいて 心所(cetasika)心(citta)と等起(samuṭṭhāna)である、すなわち「同時に・同じ因により・同じ所に・同じ対象に生起する」と定義される。
この「等起」(サンナカ・サムットゥターナ:ekavatthuka・sahajātaka・aññamaññapaccayena)が Abhidhammaṭṭhasaṅgaha などに詳細に見られる。

しかし、経蔵(sutta)における samuṭṭhāna の用法はこのような厳密な五重条件を意味するものではない。
経においては、ある感受や作用が、身体的・心理的・外的な要因に「由来して生じる」ことを示す語として用いられることが多い。
例えば、SN36.21(Sīvakasutta)では次のように使われる:

 pittasamuṭṭhānāni vedayitāni uppajjanti
 「胆に由来して感受が生じる」

このような文脈で「等起」という訳語を当てると、「胆と感受が同時に生起する」といった誤解を生むおそれがあるため、「由来」「起因」「生起したもの」などの訳語がより適切である。

要約すると:

用法 文脈 推奨訳語 備考
経蔵 感受や現象が何に由来して生じたか 由来・起因・生起 「等起」は誤解を生む可能性あり
論蔵(アビダンマ) 心と心所の関係(五重の等起) 等起 専門用語として厳密に使われる


したがって、「samuṭṭhāna」の訳語として「等起」はアビダンマ的用法に限定し、経典の翻訳では「由来」「生起」「起因」などを文脈に応じて用いるのが望ましい。
(出典:ChatGPT)


Aratī ratī lomahaṃso itojā; 不快、身の毛のよだちは ここから生じる
Ito samuṭṭhāya manovitakkā, 諸尋はここから発動する
出典: sn10.3
Sāmampi kho etaṃ, sīvaka, veditabbaṃ [evaṃ veditabbaṃ (syā. kaṃ. ka.)] yathā pittasamuṭṭhānānipi idhekaccāni vedayitāni uppajjanti;  シーヴァカよ、ここに胆汁から発動する、ある種の感受起きることは自分自身でも知られるべきで、 
出典: sn36.21
Līnaṃ, bhikkhave, cittaṃ taṃ etehi dhammehi dussamuṭṭhāpayaṃ hoti. 比丘たちよ、沈滞したそのは、これらのによっては発動させがたいから。
出典: sn46.53
samuṭṭhana.txt · 最終更新: by h1roemon