供食されるべき, 応請 worthy of adoration or offerings
”āhāra”:食事、”āharitar”:食者のように”āh“がつく言葉は食事の意味があり、文法的には未来受動(義務)分詞 gerundiveは”…されるべき”という意味です。ちなみにタイ語でも”อาหาร”:アーハーンは食事となります。
僧随念の中に出てくるキーワードの一つで、四双八輩の聖者は、食事を布施されるのに相応しいという意味です。
| yadidaṃ cattāri purisayugāni aṭṭha purisapuggalā esa bhagavato sāvakasaṅgho, āhuneyyo pāhuneyyo dakkhiṇeyyo añjalikaraṇīyo anuttaraṃ puññakkhettaṃ lokassā’ti. | この世尊の弟子の僧伽は、食を供されるべき、客としてもてなされるべき、供養されるべき、合掌されるべき、いわゆる四双八輩であり、この世の無上の福田である』と。 |