バラモン教の目的である”ブラフマ(梵天)との合一”(梵我一如)を指す言葉と思われます。それを、ブッダが婆羅門たちに対して、涅槃を指す言葉として意味を置き換えて使われたと思われます。(調査中)
| Kasmā bhavaṃ vijanamaraññamassito, | なにゆえ尊者は 無人の林に頼り |
| Tapo idha kubbasi brahmapattiyā’’ti. | ここで梵の獲得のため 苦行をなすのか」と。 |
| ‘‘Saccaṃ dhammo saṃyamo brahmacariyaṃ, | 真実、法、自制そして梵行 |
| Majjhe sitā brāhmaṇa brahmapatti; | 中央に依る1)梵の獲得がある 婆羅門よ |
| Sa tujjubhūtesu namo karohi, | その君はまっすぐな者たちへ帰命しなさい |
| Cittañca susamāhitaṃ, vippasannamanāvilaṃ; | しかし心がよく入定し 濁りなく澄みきって |
| Akhilaṃ sabbabhūtesu, so maggo brahmapattiyā’’ti. | すべての生きものに対して荒地なきこと それが梵の獲得への道である」と。 |