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diṭṭhinijjhanakkhanti

文書の過去の版を表示しています。


diṭṭhinijjhānakkhantī
見の審慮による信認

diṭṭhi: + nijjhāna:審慮 + khantī:忍辱、信認 => 見の審慮による信認

とりあえず表記の訳語とします。

類語 nijjhāna:審慮


‘‘Aññatreva, āvuso paviṭṭha, saddhāya aññatra ruciyā aññatra anussavā aññatra ākāraparivitakkā aññatra diṭṭhinijjhānakkhantiyā ahametaṃ jānāmi ahametaṃ passāmi .「友パヴィッタよ、より他に、愛好より他に、伝聞より他に、形式による考察より他に、審慮信認より他に、私はこれを知り、私はこれを見ます、
‘jātipaccayā jarāmaraṇa’’’nti.縁りてがある』」と。
出典: sn12.68

sn35.153:「比丘たちよ、およそそのによって比丘がなくても愛好なくても伝聞なくても形式考察なくても見の審慮による信認なくても、(このように)開悟明言するような、がある。『尽き梵行は修められ、なすべきはなされた。二度とこの状態はない。と了知する』と。」

diṭṭhinijjhanakkhanti.1770211088.txt.gz · 最終更新: by h1roemon