paṭikaṅkha
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期待す, 希求す wishes or longs for
paṭi:対して(or pāti:見守る、注目する) + kaṅkhati:期待する、疑問をもつ
用例を調査すると、予想するといった意味で使われることが多いです。予期を訳語とします。
sn16.7:「善法に精進なく、善法に智慧なき者。彼には昼夜が来るたびに、善法に成長はなく衰退だけが予期されます。」
sn17.36:「比丘たちよ、デーヴァダッタの利得、恭敬、名誉を羨むな。しかし比丘たちよ、どれほどアジャータサットゥ青年が朝夕に五百台の車によってデーヴァダッタに給仕を行かせようとも、そして食の持参者として五百の鍋料理を運ばせようとも、比丘たちよ、デーヴァダッタには善法に成長はなく衰退だけが予期される。」
sn22.2:「友よ、もし不善諸法を具足して住する者に困惑なき、悩みなき、熱悩なき現法楽住があり、かつ身の崩壊より死後に善趣が予期されるならば、世尊が不善諸法の断をたたえることはありえない。」
sn11.9:「頭にするいろいろな花飾りのように 尊者よ 我々はこのにおいを予期する ここに厭逆想ある神々はいないから」と。
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