subhāsita
善く語られた善語

su:よく、善く + bhāsita:語られた [pp. of bhāsati] :よく語られた(言葉)=善語

頻出語です。省略形として”善語”も採用しておきます。
仏陀の九徳(Buddha Vandanā)の”svākkhāto”も似ていますが、これはsu+akkhātaで(ブッダにより)善く告げられたという意味です。

類語 :a: dubbhāsita:悪く語られた、悪語、  svākkhāta:よく説かれた


🟦善く語られた🟦

‘‘Na paccanīkasātena, suvijānaṃ subhāsitaṃ;善く語られたことも 反論好きによって よくわからなくなる
Upakkiliṭṭhacittena, sārambhabahulena ca. 敵意多き 不純によって
出典: sn7.16
Yāvasubhāsitaṃ cidaṃ āyasmatā sāriputtena. これがサーリプッタ尊者によりここまで善く語られました。
出典: sn12.67
Ime cepi, mahānāma, mahāsālā subhāsitaṃ dubbhāsitaṃ ājāneyyuṃ, ime cāhaṃ [imevāhaṃ (syā. kaṃ.), imesāhaṃ (ka.)] mahāsāle byākareyyaṃ . マハーナーマよ、これらの大サーラ樹でさえ、もし善く語られたことと悪く語られたことを理解できる(見分ける)なら、私はこれらの大サーラ樹に授記するでしょう。1)
1)
mahāsālā は通常「大豪邸の主」と訳されるが、注釈を参考にしつつ、sāla(サーラ樹)として読むと、文脈上の皮肉と kimaṅgaṃ pana(ましてや)以下が自然に理解されます。
出典: sn55.24

🟦善語🟦

‘hotu, devānaminda, subhāsitena jayo’ti.『神々の王よ、善語により勝利あれ』と。
出典: sn11.5
‘‘Bhāsaye jotaye dhammaṃ, paggaṇhe isinaṃ dhajaṃ; を語り輝きなさい 仙人の旗を掲げ
Subhāsitadhajā isayo, dhammo hi isinaṃ dhajo’’ti. 仙人は善語を旗とする は仙人の旗だから」と。
出典: sn21.7
Katamehi catūhi? 四つとは何か。
Idha, bhikkhave, bhikkhu subhāsitaṃyeva bhāsati no dubbhāsitaṃ, dhammaṃyeva bhāsati no adhammaṃ, piyaṃyeva bhāsati no appiyaṃ, saccaṃyeva bhāsati no alikaṃ. 比丘たちよ、ここに比丘は悪語でなく善語だけを語り、非法でなくだけを語り、嫌なことでなく愛しきことだけを語り、嘘でなく真実だけを語ります。
出典: sn8.5