| ‘‘Virato kāmasaññāya, rūpasaṃyojanātigo; | 欲想から離れた 色の結縛を超えた者 |
| Nandīrāgaparikkhīṇo, so gambhīre na sīdatī’’ti. | 喜びと貪が尽き果てた者 彼は深遠に沈まない」と。 |
sn4.25:「この世でどのような熱心な住ある比丘が 五つの暴流を渡って ここに第六(の暴流)を渡ったのか どのように熱心に禅をなせば 諸欲想が外部のものとなるのか、彼を捕らえず」と。
sn12.12:「比丘たちよ、欲界に縁りて欲想が生じ、欲想に縁りて欲思惟が生じ、欲思惟に縁りて欲望が生じ、欲望に縁りて欲熱悩が生じ、欲熱悩に縁りて欲探求が生じる。」