| caraṇa | |
|---|---|
| 行為 | 徳行 |
行, 行為, 実践, 徳行
長い間、このcaraṇaという言葉の意味がよくわからなかったのですが、mn53_2に至ってやっと判明しました。(2022/06/29)
単に”行為や実践”という一般的な意味もあるようですが、ブッダは教えの中でこの言葉に特別な意味をつけられたようです。
アーナンダ尊者が、世尊に代わって在家者たちに法を説いている一節を引用します。
「マハーナーマよ、聖弟子が戒を具えた者であること、これも彼の徳行のうち(のひとつ)であり、
マハーナーマよ、聖弟子が諸根において門が護られた者であること、これも彼の徳行のうち(のひとつ)であり、
マハーナーマよ、聖弟子が食物について適量を知る者であること、これも彼の徳行のうち(のひとつ)であり、
マハーナーマよ、聖弟子が覚醒を実践する者であること、これも彼の徳行のうち(のひとつ)であり、
マハーナーマよ、聖弟子が七つの正法を具えた者であること、これも彼の徳行のうち(のひとつ)であり、
マハーナーマよ、聖弟子が四禅という超越心の現法楽住を欲しいままに得る者、容易に得る者、楽に得る者であること、これも彼の徳行のうち(のひとつ)である。」
まとめるとcaraṇa:徳行には以下のことが含まれることがわかります。
経典では、この後に続けてvijjā:明について説かれています。vijjā caraṇa sampanno:明行足の意味が判明しました。
類語 vijjā caraṇa sampanno:明行足
| ‘‘Tīhi vijjāhi sampanno, jātimā sutavā bahū; | 「三明を具えた1) よき生まれの多聞の人 |
| Vijjācaraṇasampanno, somaṃ bhuñjeyya pāyasa’’nti. | 明行足は ソーマの乳粥を享受すべし」と。 |
sn41.10:「それゆえ君たちは、まさにこのように学ぶべきである、我々は仏陀に確然たる浄信を具えた者となろう。『かの世尊は阿羅漢、正等覚者、明行足、善逝、世間解、無上の調御丈夫、神々と人間の師、仏陀、世尊である』と。」
