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paccavekkhati

文書の過去の版を表示しています。


paccavekkhatipaccavekkhitabba
精査する精査されるべき

:d: 観察す, 省察す to look upon, consider, review, realise, contemplate


paṭi:対して、繰り返し + avekkhati:観察する, 見る ⇒ 対してじっと見る、繰り返し眺める?

用例から、見えるものや、身体の中、心の状態などを詳しく観察することです。
水の表面に映った自分の顔をじっと見たり、身体の中の内臓物を想像するようなときにも使われています。


‘‘Seyyathāpi, āvuso ānanda, itthī vā puriso vā daharo yuvā maṇḍanakajātiko ādāse vā parisuddhe pariyodāte acche vā udakapatte sakaṃ mukhanimittaṃ paccavekkhamāno upādāya passeyya, no anupādāya; たとえば友アーナンダよ、男あるいは女の装飾好きの若者が、遍浄曇りなき鏡や透明な水鉢で自分の顔の有様精査するとき、取着して見るでしょう。取着せずではないのです。
出典: sn22.83
Tasmātiha, bhikkhave, abhikkhaṇaṃ sakaṃ cittaṃ paccavekkhitabbaṃ . それゆえ比丘たちよ、ここで自分のが絶えず精査されるべきです。
‘dīgharattamidaṃ cittaṃ saṃkiliṭṭhaṃ rāgena dosena mohenā’ti.『長い間、このにより汚染されてきた』と。
出典: sn22.100
‘etha tumhe, bhikkhave, imameva kāyaṃ uddhaṃ pādatalā adho kesamatthakā tacapariyantaṃ pūraṃ nānappakārassa asucino paccavekkhatha .『さあ比丘たちよ、君たちは、足裏から上へ、髪の頂から下へ、皮膚を限りとして、さまざまな形態の汚物で満ちているこの精査しなさい。
atthi imasmiṃ kāye kesā lomā nakhā dantā taco maṃsaṃ nhāru [nahāru (sī. syā. kaṃ. pī.)] aṭṭhi aṭṭhimiñjaṃ [aṭṭhimiñjā (sī.)] vakkaṃ hadayaṃ yakanaṃ kilomakaṃ pihakaṃ papphāsaṃ antaṃ antaguṇaṃ udariyaṃ karīsaṃ pittaṃ semhaṃ pubbo lohitaṃ sedo medo assu vasā kheḷo siṅghāṇikā lasikā mutta’nti. このには髪、毛、爪、歯、皮膚、肉、筋、骨、骨髄、腎臓、心臓、肝臓、肋膜、脾臓、肺、腸、腸間膜、胃の内容物、大便、胆汁、痰、膿、血、汗、脂肪、涙、膏、唾液、鼻汁、関節液、尿がある』と。
出典: sn35.127

sn46.55:「たとえば婆羅門よ、漆や鬱金や藍や深紅の混ざっていない水の鉢がある。そこにのある男性が自分の顔の有様精査するなら、如実に知り見るだろう。」
sn36.31:「それでは比丘たちよ、さらに非物質的な離肉喜悦とは何か? 比丘たちよ、漏尽比丘がより解脱した精査するとき、から解脱した精査するとき、から解脱した精査するときに生じる喜悦。これがさらに非物質的な離肉喜悦と呼ばれる。」
mn15_2:「そしてさらに友よ、比丘は、このように自己自己精査すべきである、『いったい私は自己を讃え、他者を軽蔑する者なのか?』と。友よ、もし比丘が精査するとき『私は自己を讃え、他者を軽蔑する者である』と、このように知るなら、友よ、それらの悪しき不善諸法のため、その比丘は精進すべきである。しかし友よ、もし比丘が精査するとき『私は自己を讃えず、他者を軽蔑しない者である』とこのように知るなら、友よ、その比丘は喜悦ありて、昼夜に諸善法随学して住するであろう。」

paccavekkhati.1759971362.txt.gz · 最終更新: by h1roemon