sutaṃ
所聞(しょぶん)聞いたこと、聞くこと

:d: 聞ける, 所聞, 聞, 天啓, ヴェーダ, 博聞  [pp. of suṇāti] heard


suṇāti:聞くの過去受動分詞で、聞かれたという意味です。
属格 + sutaṃ の形で使われることが多く、この場合、属格は具格的に解釈し得るようです。
以下は直訳すると『このように私により聞かれた』、あるいは『このように私の所聞がある』となります。

Evaṃ me sutaṃ . 私はこのように聞いた。
出典: sn16.2

属格 + sutaṃ hoti “~” ti. の形で使われることもあります。
これも直訳では『彼には所聞があります、~と。』になります。『彼は聞いています。~と。』と訳すべきかも知れません。

Tassa sutaṃ hoti . 彼には所聞があります、
‘aṇḍajā nāgā dīghāyukā vaṇṇavanto sukhabahulā’ti.卵生の竜は寿命長く、美しく、多い』と。
出典: sn29.7


類語 sutavā:既聞、 muta:所思


‘‘saccaṃ kira tumhe, bhikkhave, aññamaññaṃ sutena accāvadatha .「比丘たちよ、君たちは互いに所聞により競い合うそうだが本当ですか、
出典: sn16.6
So tathāgatappavedite dhammavinaye saddhaṃ samādiyi, sīlaṃ samādiyi, sutaṃ samādiyi, cāgaṃ samādiyi, paññaṃ samādiyi. 彼は如来により説かれた法と律において受持し、受持し、所聞受持し、喜捨受持し、智慧受持した。
出典: sn11.14
‘‘Idha, bhikkhu, bhikkhuno sutaṃ hoti .「比丘よ、ここに、比丘には所聞があります。
‘sabbe dhammā nālaṃ abhinivesāyā’ti.一切諸法は、執持に値しない』と。1)
Evañcetaṃ, bhikkhu, bhikkhuno sutaṃ hoti . 比丘よ、もしそのように、比丘にはこれが聞かれているなら、
‘sabbe dhammā nālaṃ abhinivesāyā’ti.一切諸法は、執持に値しない』と。
1)
mn37_1参照。
出典: sn35.80
Yassa kassaci, mahānāma, dīgharattaṃ saddhāparibhāvitaṃ cittaṃ sīlaparibhāvitaṃ cittaṃ sutaparibhāvitaṃ cittaṃ cāgaparibhāvitaṃ cittaṃ paññāparibhāvitaṃ cittaṃ, tassa yo hi khvāyaṃ kāyo rūpī cātumahābhūtiko [cātummahābhūtiko (sī. syā. kaṃ.)] mātāpettikasambhavo odanakummāsūpacayo aniccucchādanaparimaddanabhedanaviddhaṃsanadhammo. マハーナーマよ、誰であれ、長きにわたってその者のにより遍修され、により遍修され、所聞により遍修され、喜捨により遍修され、智慧により遍修されているなら、その者のこのは、有色で、四大種の、父母より生成した、飯と粥の積集の、無常、腐食、摩耗、崩壊、破砕の性質あるものですが、
出典: sn55.21