| sukhavihāra | sukhavihārī |
| 楽住 | 楽住者 |
suka:楽な、幸福な + vihāra:住
用例から推定すると解脱して人生の残りの期間(出家生活)を(煩悩なく)楽に過ごすことのようです。
phāsuvihāra(安住)と共に頻出語です。
類語
dukkhavihāra:苦住、phāsuvihāra:安住、sandiṭṭhika:現に見られる、diṭṭhadhammasukhavihāra:現法楽住、vihārī:住者
| ‘‘Buddhānubuddho so thero, koṇḍañño tibbanikkamo; | 「仏陀に随覚した かのコーンダンニャ長老は 激しい努力ある |
| Lābhī sukhavihārānaṃ, vivekānaṃ abhiṇhaso. | 引き続く楽住遠離の利得者 |
| āraddhavīriyo ceva vīriyārambhassa ca vaṇṇavādī. | 精進に励む者で精進に励むことをたたえる者です。 |
| Attano ca diṭṭhadhammasukhavihāraṃ sampassamāno, pacchimañca janataṃ anukampamāno ー | 自己の現法楽住を正観するゆえに、そして後の人々を憐れむゆえに。 |
| Ye ca khvassa, ānanda, appamattassa ātāpino pahitattassa viharato diṭṭhadhammasukhavihārā adhigatā tesāhamassa lābhasakkārasilokaṃ antarāyāya vadāmi. | しかしアーナンダよ、およそ彼が不放逸に熱心に自ら勤め住するとき得られる現法楽住。利得、恭敬、名誉はそこにおける彼の障害になると私は説きます。 |
| Tesaṃ pahānā na paritassati, aparitassaṃ sukhaṃ viharati, sukhavihārī bhikkhu ‘tadaṅganibbuto’ti vuccatī’’ti. | それらの断ゆえに彼は動揺せず、動揺しない者は楽住し、楽住する比丘は『その部分が鎮火された者』と言われます」と。 |
sn41.8:「私は望むままに、喜悦の離貪により捨ありて住し、念あり正知ある者として身による楽を体験し、かの聖者たちが告げる、『捨ある具念の楽住者』として第三禅を成就して住します。」
sn35.97:「それでは比丘たちよ、不放逸住者はどのようなものか? 比丘たちよ、眼根が防護されて住する者は、眼で識られる諸色について心をよごさない。心がよごされない者には悦が生まれる。悦ぶ者には喜悦が生まれる。喜悦の意ある者の身は軽安になる。軽安になった身は楽に住する。(楽住する。)…」
mn14_2:『そのようであるならば、尊者ゴータマは、マガダ国セーニヤ・ビンビサーラ王より楽に住する者(楽住者)である。』